2023 Fiscal Year Research-status Report
義務就学制実施後の聴覚障害教育の目的論・方法論の変遷における専門的基盤の問い直し
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21K02713
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Research Institution | Bunkyo University |
Principal Investigator |
佐々木 順二 文教大学, 教育学部, 教授 (20375447)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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Keywords | 聴覚障害 / 聾 / 言語指導 / 生活の言語化 / 自然法 / 同時法 / 障害観 / 障害認識 |
Outline of Annual Research Achievements |
1 聴覚障害教育の方法的基盤の一つとしての「生活の言語化」 昭和戦前期の「言語の生活化か、生活の言語化か」の議論において、「生活の言語化」を主張した愛知県聾学校の教師達の言説の内容と文脈を分析・検討し、以下の三点が明らかとなった。第一に、同校の「生活の言語化」としての言語指導の萌芽は昭和4(1929)年頃に遡ることができた。第二に、同校教師は、子どもの生活の中での真相味のある体験、情動に即して言語を与える「生活の言語化」を基調としつつ、生活に必要となる言語を予想し、それによって生活を拡充する「言語の生活化」の視点をもち、両者を一体的に捉えていた。第三に、「生活の言語化」と「言語の生活化」は、言語素材の考え方をはじめとする言語指導観に違いがあったが、音声日本語習得による「皇国民錬成」という目標は共通していた。 2 聴覚障害教育の理念的・方法的問い直しとしての「同時法」と背景 昭和43(1968)年に栃木県立聾学校が提案した同時法は、聴覚口話法に手話と指文字を加え、コミュニケーションの効率化を図るものであった。その背景にある理念的問い直しの内容と関連する議論を分析・検討し、以下のことが明らかとなった。第一に、同時法の前提には、聾者の人生に積極的価値を見出すこと=聾の肯定という障害観があり、それはアクセプタンスという概念で表現された。第二に、同時法では、聾児・者が自然に用いる手話は、音声日本語に置換可能で、関連が密接なものへと転換が図られることが意図されていた。第三に、同時法への批判には、言語指導の目的を問うもの、基本的人権の観点を基盤とするもの、聾者観・障害観の相違からくる批判があった。第四に、昭和40年代の聾教育界において、聾者の経験する困難を社会とのかかわりでとらえる障害観が共有されつつあったことが示唆された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
昭和戦前期の聴覚障害教育における「生活の言語化か、言語の生活化か」の議論について、前年度に行った「言語の生活化」論と対照的立場にあった「生活の言語化」論について、分析・検討ををおこなうことができた。 聴覚障害教育は、義務就学制実施後に本格的に方法的整備がなされていくが、早くも昭和40年代にその理念的・方法的問い直しがなされるようになる。この点を、栃木県立聾学校の「同時法」の提案から分析・検討することができた。 「やや遅れている」とした理由は、元聾学校職員、聾学校卒業生へのインタビューを実施できなかったからである。
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Strategy for Future Research Activity |
1.昭和戦前・戦中期までの言語指導論の昭和戦後期への継承の分析 昨年度に引き続き、昭和戦前・戦中期までの言語指導論が、義務就学制実施後の聴覚障害教育の方法的基盤の整備にどのように継承されるのかを、文献研究および元聾学校教師へのインタビューを通じて明らかにする。文献研究は、昨年度分析をおこなった愛知県聾学校(昭和23年、愛知県立名古屋聾学校と改称)の「生活の言語化」の主張をさらに整理するとともに、聴覚障害教育界全体を俯瞰する視点をもちながら分析を進める。元聾学校教師へのインタビュー調査は、特定の地域に限定せず、縁故法によって調査協力者を選定する。その際、聴覚障害教育・福祉の啓発、研究調査等を行ってきた全国団体、並びに研究代表者がこれまで史資料調査を行ってきた聾学校等に相談して進める。 2.聾学校卒業生からみた聴覚障害教育の目的論、方法論の分析 聴覚障害教育の専門的基盤が整備される昭和20年代以降に教育を受けた聾学校卒業生へのインタビュー調査を行う。インタビュー対象の選定は縁故法により、地域の聴覚障害者団体に相談して進める。インタビューでのコミュニケーション方法、手話通訳者の依頼の要否については、インフォーマントとのやりとりを通じて判断する。 3.昭和40年代以降の聴覚障害教育の専門性の問い直しの分析 昨年度、分析対象とした栃木県立聾学校を相対化すべく、他の聾学校や小中学校の難聴学級にも視点を拡大して資料の収集・分析を進める。その際、地域差、立場の違い(教師、卒業生、家族)に着目し、専門性の問い直しの多元的・多義的様相を明らかにする。
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