2021 Fiscal Year Research-status Report
ハロゲンドープによるペリレンカチオン形成過程におけるエネルギー準位シフト
Project/Area Number |
21K04875
|
Research Institution | Tokyo University of Agriculture and Technology |
Principal Investigator |
遠藤 理 東京農工大学, 工学(系)研究科(研究院), 助教 (30343156)
|
Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
|
Keywords | 有機金属界面 / ホール注入 / X線吸収分光 / 軌道トモグラフィー |
Outline of Annual Research Achievements |
金属表面における有機半導体のエネルギー準位接続は、電荷移動素過程の理解や、有機デバイスの性能向上に必要な知見である。p型有機半導体ではホール注入障壁となるHOMOと金属のフェルミエネルギーとの差が注目されてきたが、ホール導入後はカチオンの正電荷が分子軌道の再配列を促すため、電荷注入状態における界面準位接続の解析が重要であると考えられる。本研究では金(110)(1×2)再構成表面に形成したペリレン単分子層の吸着構造と電子状態への臭素ドープ効果を炭素K吸収端近傍X線吸収微細構造分光(C K NEXAFS)、光電子運動量顕微鏡を用いた角度分解光電子分光(APRES)およびX線光電子分光(XPS)によって解析した。偏光依存C K NEXAFSから金(110) (1×2)再構成表面において臭素ドープ前のペリレン分子は[001]方向に10-20°傾いて吸着していることが分った。光電子の2次元パターンをHOMO軌道のフーリエ変換から得られる光電子角度分布のシミュレーション結果と比較することにより、分子の短軸方向が[001]方向に沿って配列しており、この方向に±15°傾いていることが分った。これらの吸着構造モデルは先行研究の走査トンネル顕微鏡観察の結果と一致している。臭素ドープ層においてBr 3d XPSの結合エネルギーから、臭素はペリレン分子層の下に潜り込んで金表面に解離吸着したと考えられる。この過程でペリレン分子の配向がランダムとなるとともに、C K NEXAFSにフェルミ面直上にSUMO (singly unoccupied molecular orbital)への遷移が観測された。C1s XPSの結合エネルギーが0.4 eV上昇したことから挿入された臭素層によって仕事関数が増大し、ペリレンのHOMOが基板のフェルミエネルギーを超えHOMOの電子が移動しカチオン化したと考えられる。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は新たな臭素ドーサーの設計および製作を行い、その動作確認と金(110)(1×2)再構成表面の作成を研究協力者であるICU田教授所有の超高真空低速電子線回折(LEED)およびXPS装置を用いて実施した。新しい臭素ドーサーによって臭素を安定的に制御良く導入することができるようになった。また分子研UVSORのBL6Uに新たに導入された光電子運動量顕微鏡を用いて角度分解光電子分光測定(ARPES)を行った。BL6U担当の松井教授との協力研究として実施することによりスムーズに実験を行うことができ、金(110)(1×2)再構成表面に吸着したペリレン単分子層のHOMO由来の光電子の2D放出角度分布を明瞭に観測することができた。高エネ研BL7Aにおいて担当者の雨宮教授と協力の上炭素K吸収端X線吸収微細構造分光(C K NEXAFS)測定を実施し分子面が原子列垂直方向に傾いていることが明らかとなった。二手法の結果を総合的に解釈することで2DパターンとHOMOの対応を明らかにした。これまでドープした臭素の状態が不明であったがBL6Uの高分解能X線光電子分光(XPS)測定によって金と結合していることが明らかとなった。また同時に測定した炭素のXPSによって臭素吸着後エネルギー準位が0.4 eV上昇していることが分った。臭素による仕事関数の上昇がHOMOから基板への電子移動を促し、カチオン化が引き起こされるという解釈できた。この結果によりこれまでC K NEXAFSで観測されていたSUMOへの遷移のカチオンへの帰属の妥当性が裏付けられた。 上記分光測定は順調に実施できたが、走査トンネル顕微鏡観察についてはチャンバーのイオンポンプ電源の故障などがあったため進展がなかった。並行して実施していた試料作成用チャンバーの改良と移動用機構の作成、加熱機構と試料移動のテストを行っている段階である。
|
Strategy for Future Research Activity |
1) Br K XAFS測定 臭素のK吸収端X線吸収微細構造分光(Br K XAFS)測定を行い、ドープされた臭素の状態について更なる知見を得る。臭素のXAFS測定は蛍光収量法で実施するが、臭素のK吸収端の励起エネルギーが金基板のL吸収端励起エネルギーと近いことから金からの蛍光による信号の重なりによって測定が困難と考えられていた。予備的な実験によって高エネルギー分解能を有するシリコンドリフト検出器(SDD)を用いれば少なくとも吸収端近傍領域において基板の信号と分離してスペクトル測定が可能であることが分っている。Br K NEXAFSスペクトルからは臭素の4p軌道の占有度合いを観測し、臭素のイオン化度を議論することができると期待される。 2) 試料作成および移動用チャンバーの完成および走査トンネル顕微鏡観察(STM)測定 試料作成移動チャンバーを活用し、種々の測定用チャンバーへの試料移送を実施する。移送による汚染の度合いをXPSなどで確認する。STM観察を行い臭素のドープ量に依存するペリレン単分子層の構造解析を行う。 3) 仕事関数の異なる銀や銅の単結晶表面を基板における臭素ドープペリレン単分子層の構造および電子状態解析 臭素ドープによるイオン化は仕事関数の増大によると考えられる。そこで元々の仕事関数の異なる銀や銅単結晶基板を用い、臭素ドープによるイオン化の有無をC K NEXAFSなどで解析する。またドーパントとして塩素や電子吸引性の有機分子を用いイオン化の様子を解析する。 4) 散乱過程を考慮に入れた光電子運動量パターンの解析 金(110)(1x2)表面に吸着したペリレンのHOMOの2D運動量パターンは詳細にみるとk空間上の位置に依存してピーク位置がシフトしていることが分っている。これまでのシミュレーションでは考慮していなかった光電子の散乱過程を考慮してパターンを計算する。
|
Causes of Carryover |
令和3年度中に作成した試料作成、移動用チャンバーには移動可能な貯め込み式の真空ポンプを購入・設置する予定であったが、代替とするチタンコートフランジを高エネルギー加速器研究機構の間瀬教授の元で作成でき、購入の必要が生じなかったため使用額が抑えられた。また、金単結晶試料について納期と外部施設におけるマシンタイムの時期の関係から現有のもので実施することとし、購入を次年度に持ち越した。令和4年度は単結晶試料の購入の他、ハロゲン導入をより精密に制御するために必要な電解用の電源等の購入に充てることを計画している。また、チタンコートチャンバーの保守のために必要な蒸着源や対応する電源等の購入も必要となる。
|