2022 Fiscal Year Research-status Report
ファンデルワールス力の斥力化による微小プローブの低摩擦浮揚と力計測の高感度化
Project/Area Number |
21K04895
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Research Institution | University of Hyogo |
Principal Investigator |
乾 徳夫 兵庫県立大学, 工学研究科, 教授 (70275311)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | グラフェン / 反磁性 / ファンデルワールス / 計測 / 浮揚 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では微弱な力計測の向上を目的に新たな浮揚技術を目指している.機械的に力を測定する場合において,感度を向上させるためにはプローブが運動を開始する力の閾値を下げる必要がある.そのためにはプローブの運動を妨げる摩擦を減少させる必要がある.また,基礎振動などの外乱を低減する必要もある.この二つを実現する方法として,空中にプローブを浮揚させる方法が研究されてきた.固体との接触を取り除くことにより低摩擦力化と振動伝搬の遮断が可能となる.既に多くの浮揚技術が提案されているが,そのなかで電場による浮揚は制御が必要となる.超伝導のマイスナー効果とピン止め効果を利用すれば,制御することなく安定に浮揚できるが,現在のところ大気圧下の室温では超伝導は実現できていない.本課題では反磁性を利用した室温における浮揚に注目している.反磁性とは印加磁場の方向とは逆向きに磁気モーメントが生じる現象である.強い反磁性を有する物質としてグラファイトが挙げられる.力計測においては,力そのものを測定するのではなく,力により生じた変位や加速度を検出する.したがって,微小な力の測定を目的とする場合,プローブの質量が小さい方が望ましい.グラフェンは原子1個分の厚さを持つグラファイトであり,単位面積あたりの質量が極めて小さい.よって,グラフェンは微小力測定用のプローブとしての可能性を持っている.しかし,グラフェンに作用する反磁性力やその力による運動は十分には理解されていない.そこで,本年度はまず磁石の上で浮揚するグラフェンの運動を解析した.次に力計測に良く用いられるカンチレバーをグラフェンで作製した場合に,反磁性力でどのような変位を生じるかを考察した.また,昨年度に引き続きグラファイトの反磁性力測定装置の改良を行った.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
微小な力による加速度を検出する場合,プローブの質量はできる限り小さいことが望ましく,また摩擦を除去するためには固体との接触面積を小さくすることが望ましい.もし,グラフェンを空中に浮揚させることができれば,この二つの条件を満たすことができるが,グラフェンを空中に安定して浮遊できるかは分かっていない.磁気的エネルギーはグラフェンが磁場と平行になる場合が最小となるので,グラフェンが小さい場合,磁場と平行になるように回転運動が生じ,重力によって落下する.また,グラフェンの面密度が極めて小さいため,大気中で浮揚させると気体分子との衝突によるブラウン運動が問題となる.そこでこれら二つを考慮した解析を行った.その結果,ブラウン運動による回転はグラフェンの表面が磁束密度と垂直なる時間を増大するため,時間平均した反磁性力,つまり,浮揚力を増大させることが分かった. 微小な力の測定器として原子間力顕微鏡が知られている.この装置ではカンチレバーの変位を高感度で検出する.そこでグラフェンカンチレバーの表面と垂直に磁場が印加された場合の変形について調べた.まず,反磁性力をtight-binding モデルを用いて計算した.次にTersoffポテンシャルを用いて曲げ剛性を計算し,連続体近似を用いてカンチレバーの断面形状を求めた.その結果,グラフェンの磁気異方性が重要であることが分かった.カンチレバーの先端は磁場と平行になることで磁気エネルギーが減少するため,付加的な変位が生じ,検出感度を向上できる可能性があることが示された. 昨年度に念じれ振り子を用いた反磁性力測定装置の製作を開始したが,振動外乱の影響により測定が困難であった.そこで,カンチレバーを用いる方法に変更した.しかし,実験値と理論値は大きな差異があり,その問題の解消に取り組んでいる
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Strategy for Future Research Activity |
グラフェンは力検出用のプローブの材料として他にはない特性を有している.しかし,強磁性体がスピン相互作用により理解できるのに対して,反磁性は誘導電流と磁場との相互作用が加わるため複雑である.この理解不足が現在行っている実験値と理論値の差異を生じさせていると考えている.そこで,磁場の印加により生じる電流分布を解析する.特にグラフェンの変形が誘導電流に及ぼす影響を調べる. グラファイトはグラフェンがファンデルワールス力で引き合うことで成り立っている.その力の源泉は真空の量子揺らぎにより生じた電気的な分極である.この効果に比べてグラフェンの反磁性は小さいため,これまで無視されてきた.しかし,グラフェンの反磁性を増大することができればファンデルワールス力を減少できる可能性があり,これはグラフェンを固体表面近傍で浮揚や振動させる場合には固着防止の観点から利用価値がある.マクロな物体ファンデルワールス力の計算では,ファンデルワールス力で物体の性質が変わらないと考える.しかし,グラフェンのような二次元物質では,二次元内での相互作用する原子数と表面間で相互作用する原子数が同等となる.そのためファンデルワールス力で生じる物性の変化も考慮する必要がある.そこで,表面間では長距離のダイポール相互作用を仮定し,面内ではイジング型の相互作用を仮定した系に作用する力について考える. 昨年度に作製した反磁性測定装置の改良を行い,より薄いグラファイトでも測定できるようにし,グラフェンの反磁性が測定できるように感度を上げていく.それと同時にグラフェンに作用する浮揚力の計算を進める.浮揚力の源泉はローレンツ力であり,グラフェンと平行な磁束密度が重要になる.磁場が均一な場合,力は生じないため,磁場の空間的な変化を考慮し,現在生じている実験値と理論値の差異を解消していく
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Causes of Carryover |
微小プローブの低摩擦化と力計測の高感度を実現するため,グラフェンをプローブの材料とし反磁性で浮揚させる方法を調べている.グラフェンは原子1層分の厚みしかないため,反発力が小さい.当初は感度の高いねじれ振り子を用いた実験装置を作製していたが,外乱の影響が大きいためカンチレバーを用いた方法に変更した.今年度は原理検証のため1cm角(質量0.034g),のグラファイト平板を用いて実験を行ったため,比較的大きな反発力が得られ,既存の測定装置で観測することができ,そのため当初の予算より少ない執行額となった.次年度ではグラファイトを薄くしていき,より小さい斥力を検出できるよう,繰り越しの予算を用いて測定装置の改良を行っていく.
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