2023 Fiscal Year Research-status Report
「共生空間」生成を巡る比較研究:ユダヤ教徒の複合アイデンティティを軸として
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21K12435
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Research Institution | Tokyo International University |
Principal Investigator |
吉田 量彦 東京国際大学, 商学部, 教授 (30614747)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
田村 愛理 東京国際大学, 商学部, 名誉教授 (50166584)
川名 隆史 東京国際大学, 経済学部, 名誉教授 (60169737)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | ユダヤ人 / マイノリティ / アイデンティティ / 移民 / 越境的ネットワーク / 共生 / 多元性 |
Outline of Annual Research Achievements |
本来最終年度と目されていた2023年度は、新型コロナウィルス感染症の感染状況にある程度の落ち着きが見られた結果、一部の研究者は海外調査を再開させることができた。とはいえ引き続き不穏な海外情勢や一部の研究者の体調不良も重なり、昨年度までの遅れをV字回復させるには至らなかった。 そうした状況の下、各研究者はそれぞれの研究の遂行に努めた、その時々の感染状況に留意しながら年度内に3回の研究会を開催し、お互いの進捗状況の確認及び情報交換に努めた。以下、3名それぞれの当該年度内の研究実績について報告する。 吉田は18世紀後半のドイツ語圏に特異な足跡を残したアシュケナズィム系ユダヤ人の哲学者ザロモン・マイモンに注目し、この人物の生涯と思想について、アルトナに滞在していた時期のエピソードを軸に研究会で報告した。報告の前半部分をもとに作成した論文は、2024年4月末提出期限の学会誌に投稿し、現在査読結果待ちの状態である。 田村は、チュニジア・ジェルバにおける現地調査を5月に催行した。4年ぶりとなる今回の調査では、コロナ禍後のチュニジア社会が諸構成要素間の政治的参画、経済的状況の格差拡大により不安定さを増している様子が窺われた。調査目的のユダヤ教徒大巡礼祭においては、祭礼最終日に厳戒態勢にも関わらずテロが発生し犠牲者がでた。調査者本人は当日に予定変更し別調査地に赴いていたため難を逃れた。このような想定外の事態もあったが、計画通りにユダヤ教徒とイバード派ムスリム・マイノリティーのネットワーク構造の比較に調査を進めることができた。調査結果は研究会において報告した。 川名は、ロシア帝国におけるユダヤ人労働者のユダヤ人アイデンティティに関する考察を進め、社会主義シオニズムを標榜する組織「ポアレイ・シオン」についてその歴史、思想内容について検討し、研究会で報告した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
「研究実績の概要」でも述べた通り、新型コロナウィルスの感染状況がある程度好転した結果、対面での研究会が無理なく定期的に開催できる程度にまで状況は改善され、一部の研究者は数年ぶりの海外調査に出かけられるようになった。とはいえ過去2年間のコロナ下での遅滞の影響はなお大きいと言わざるをえず、また各研究者の調査対象地域と部分的に重なるウクライナや中東情勢の先行きの不透明さもあり、研究の遂行には予断を許さない状況が続いている。 吉田は、コロナ前に数回にわたり行った、ハンブルク・アルトナ地区のユダヤ人墓地に関する調査結果を統合する作業に取りかかっている。できれば夏期休暇中の再調査によって内容をアップデイトさせた上で、ユダヤ人のアイデンティティ形成における墓地の役割について、新たな論文を執筆する予定である。また、2023年度に行ったザロモン・マイモンに関する報告のうち、紙幅の都合上投稿済みの論文に入りきらなかった後半部分の内容をアップデイトさせた上で、これも論文にまとめて発表したい。 田村は、概要で述べた通り、ジェルバにおけるユダヤ教徒とイバード派の社会ネットワーク構造の類似性に注目し、その比較調査を進めた。今回の現地調査では、さらにユダヤ教徒集団内部における出自地を巡る派閥抗争に比肩しうるイバード派内部の学派を巡る派閥抗争と各学派の宗教ネットワークに調査関心を進めることができた。 川名は、18世紀後半以降の分割前ポーランドの領域におけるユダヤ人アイデンティティの変遷を追ってきた。COVID-19のためポーランドでの資料収集に障害が出たが、研究は不十分ながらも概ね順調に進んでいる。
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Strategy for Future Research Activity |
吉田は、夏期休暇中に2019年8月以来となる現地調査を計画している。具体的には、ハンブルクの国立図書館およびアルトナ博物館で地方史関連の未電子化・非電子化文献の収集に努めるとともに、時間の許す限りでハンブルク・アルトナ地区の旧市街に残る商業・教育関連の旧跡を調査する。また、ユダヤ思想関連の海外・国内研究者を研究会に招聘し、意見交換に努めることを企画している。 田村は、今後さらに関連の文献収集を進め、ジェルバにおけるユダヤ教徒・イバード派マイノリティ集団の存続要因としての越境的複合アイデンティティとそれを支える多元ネットワーク構造との関係の解明に研究を進める。これらの調査及び文献研究の結果は、今年度中に論文としてまとめる予定である。また、国内外の他のマイノリティ集団のアイデンティティ変遷/保持と多元ネットワーク構造との関連にも引き続き注目する。 川名は、ポーランド・ユダヤ人のアイデンティティが分裂を始めた18世紀後半の時代に立ち返り、これまでの研究を踏まえ、改めてそのメカニズムを検討する。 研究課題の性質上、本研究を進めるにあたっては、各種文献の収集・調査と並んで、海外での現地調査を行うことが欠かせない。また、ユダヤ人およびユダヤ人社会という大きな共通項の下にそれぞれ異なる地域を調査対象としている関係上、共同研究者3名が頻繁に研究会を開催し、時には外部の研究者も交えつつ、各自の進捗状況の確認および有益な情報の交換を通じて相互啓発に努める必要がある。新型コロナウィルス感染症の今後の推移に柔軟かつ慎重に対応しつつ、引き続き本研究に従事していく。
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Causes of Carryover |
一部の研究者が、諸般の事情により、2023年度に予定していた海外での現地調査および文献収集を行えなかったことが主たる理由である。 吉田は、ハンブルク・アルトナ地区およびその周辺での現地調査および文献収集を予定している。また、ユダヤ思想関連の海外・国内研究者を研究会に招くことを企画している。 田村は、研究遂行のために繰り越した残額を文献収集に充て、論文の完成を企図する。 川名は「ポーランド歴史家大会」への参加も兼ねてポーランドに出張し、18世紀のユダヤ人社会に関する資料収集を行なう。
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Remarks |
・投稿済み、査読結果待ちの学術論文1本あり(吉田) ・2023年度内に3回の報告会を開催し、田村(第1回)、吉田(第2回)、川名(第3回)がそれぞれの研究の現状を報告した。
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