2021 Fiscal Year Research-status Report
中国における「科学」と「技術」の哲学:江永の「自然」と「人間」をめぐる思想
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21K12907
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
田中 有紀 東京大学, 東洋文化研究所, 准教授 (10632680)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 江永 / 中国科学 / 考工記 / 鐘 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では中国における「科学」と「技術」の哲学について、清代の思想家の江永(1681-1762)の著作から「自然」と「人間」をめぐる思想を読み解き、「人間」が「自然」に対し何らかの分析をし、役立てようとする人類の普遍的な試みと捉えた上で、西洋科学と比較し、人間にとって「科学」「技術」とは如何なるものかを考察する。 本年度は「技術」に関わる書の分析として、江永の『周礼疑義挙要』をとりあげ、『周礼』考工記の経学史的考察を行った上で、江永の注釈の特徴を明らかにした。考工記は、車両・兵器・生活用具・工芸・土木などの職種と、それらの製作工程についても記述する。その中でも車両に関する部分を読み解き、歴代の様々な注釈と比較し、江永が「考工記」の位置付けや、これらの「技術」についてどのように考えているかを考察した。以上については論文「工人の記録としての『周礼』考工記:江永の楽律と車制の考証をめぐって」(『中国:社会と文化』(36)、pp.128-145、2021年7月)として刊行した。 また江永が古代の鐘について、どのような形態を理想としたかについて、江永の楽律書をとりあげ考察した。その成果として口頭発表「江永の経学における鐘制:聖人と工人、時代と地域、そして遺物」(東洋文化研究所2021年度第1回定例研究会(着任研究会)、2021年7月15日)を行った。江永は、北宋期の鋳造の経験をしばしば参照するため、「北宋における鐘の鋳造と『宣和博古図』」(宋代史研究会、2021年9月11日)という口頭発表も行った。 当初予定していた研究の方向性とは異なるが、江永の科学技術観を支える術数的要素についても考察し、彼の書の中にみえる易図と楽律学との関係を論じ「中国音楽は術数学か:江永『律呂新義』『律呂闡微』における易図の分析」(第65回国際東方学者会議 2021年5月15日)として口頭発表を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
当初予定していた通り、江永の『周礼疑義挙要』のうち、車両に関する部分の分析が終了している。また、日本語でも一本論文を執筆した。東西の「技術」に関する国際シンポジウムを行うということも目標に掲げていたが、こちらは報告者をうまく揃えることができず、まだ実現していない。 しかし、私の専門である中国音楽史研究を生かし、鐘という、音楽にも技術にも関わるテーマを見つけられたことは大きな収穫である。鐘は、『周礼』考工記にも記述され経学的議論も多いテーマであるし、中国歴代の雅楽にも取り入れられ、皇帝権力を表象する手段として重んじられてきた。今年度は鐘の形態や楽律理論について、清代だけでなく幅広く分析できたと考えている。東洋文化研究所や宋代史研究会で行った二つの発表を通して、様々な地域・時代を専門とする研究者から数多くの意見を頂けたことも、今後の研究を進めるうえで参考になった。江永をはじめ、中国の思想家たちが鐘についてどのように考え、その寸法をめぐり、実際の響きを想像しながらどのようにして経書の記述と折り合いをつけていくかについて、すでに論文を一本執筆しており、刊行を待っているところである。
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Strategy for Future Research Activity |
江永の天文学著作である『数学』や『推歩法解』を分析したいと考えている。特に『数学』は『翼梅』とも称し、梅文鼎の理論に深く影響を受けた江永が、その理論を補い発展させることを目的としたものであるが、書中では度々梅文鼎に異を唱えており、江永独自の見解も窺うことができる。江永は、地円説や黄金比は、洋の東西を問わず普遍的に存在する真理であり、聖人である以上、これらを知っているのは当然だと考えた。その上で彼は、後世の人間が努力すべきことは、これらの真理を応用し役立てること、我々も使うことのできる「技術」として磨きあげることだと考えている。今後は江永の天文学著作を分析し、彼の「科学」「技術」観について考察したい。 江永の天文学を分析すると同時に、それ以前の中国の天文暦法について、特に江永が参照したものを中心に理解を深めることも重要だと考えている。とりわけ、天文儀器など観測技術に関わるものについてとりあげたい。 以上については、日本よりも中国科学史研究の蓄積が豊富な中国で行われる科学史の学会にて中国語で発表し、専門家の意見を踏まえた上で、中国語で論文を執筆したい。 これらをふまえ、梅文鼎など同時代の思想家との比較や、戴震との比較などその後の清朝考証学への影響をふまえ、清代における江永の思想の意義を明確化する。また、申請者のこれまでの研究を生かし、江永のその他の著作(『律呂新論』『律呂闡微』など音律学の著作)を再分析し、江永の「科学」「技術」論が、彼の学術全体の中でどのような位置付けを与えられるのかを考察する。
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Causes of Carryover |
今年度分は使い切る予定だったが、購入を考えていた書籍が残額以上だったため、大学の個人研究費で購入することにした。次年度、中国天文学に関する書籍を購入する予算としたい。
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