2021 Fiscal Year Research-status Report
戦争体験世代の自分史分析深化による自分史体系化へ向けての基礎的研究
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21K12915
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
釋 七月子 名古屋大学, 人文学研究科, 博士研究員 (60835817)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 自分史 / 日本自分史センター蔵書 / 戦争体験世代 / 自分史産業 / 北九州市自分史文学賞 / 自分史文学 / 一般読者 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は日本自分史センター蔵書の調査・分析と「北九州市自分史文学賞」の大賞作品と報告書の分析を行った。 日本自分史センターの調査から「日本自分史センターが持つ問題点」と「社会的背景の変化」の2点に着目し、蔵書の変遷を明らかにした。日本自分史センターの問題点である寄贈図書の減少は、収集の仕方の特殊性に加えて全国的知名度の低さに起因していることが蔵書の調査やアンケート調査から明らかになった。知名度を上げれば寄贈数の増加は見込めるであろう。また社会的背景の変化に関しては2つの要因を見出した。一つは戦争体験世代の減少である。しかし戦争体験記は当分なくなることはないと考える。なぜなら戦争体験世代の子どもや孫が、親などの戦争体験を家族の自分史として出版している例が見受けられるからである。もう一つは自分史産業の台頭である。そこでは自分史はビジネスのツールとして利用される。それにより自分史が終活等の中に組み込まれるという状況が見られるようになってきた。そこで書かれる自分史は主に一代記で、自分史産業の下では自分史のジャンルは一代記に集約されていく。 北九州市自分史文学賞の分析からは、「自分史文学」という造語の意味とその許容範囲を明らかにした。自分史文学とは「自分史作品が読者に感銘を与え、それにより読者が自分一人の経験を超えた多様な生のあり方を知ることができる作品」と定義づけられる。一般読者の獲得が難しい自分史だが、「自分史文学」という造語を前面に押し出すことにより、一般読者の獲得を可能にした。しかし自分史文学も自分史の中の一形態であるので、許容範囲は存在する。「自分の目を通して、自分の体験したこと」を描写するのが自分史であり、どれほど優れた作品であっても、それを逸脱した作品は自分史とは言えない。 自分史における読者の重要性を自分史文学が可視化したという意味で、自分史文学の存在意義は大きい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度予定していた日本自分史センターの蔵書調査、北九州市自分史文学賞の分析ともに今年度内に終了することができた。しかし研究を進める内に当初予期していなかったことやコロナの影響などで、研究方法を一部修正せざるを得なくなった。 日本自分史センターの蔵書調査に関しては、コロナが収まっていないため安全面を重視し、当初計画していた自分史書籍調査・資料整理補助のための大学院生の募集を取りやめ、一人で作業を行った。そのため調査のための日数が当初予定していた日数を大幅に上回ってしまい、後半の時間配分も修正を余儀なくされた。 北九州市自分史文学賞の分析に関しては、資料等がすでに自分自身が入手している資料や書籍以外は存在していないことが北九州市文学館とのメールでのやりとりで確認された。北九州市自分史文学賞が廃止された2014年の数年後に当時の係員の方から、応募原稿を閲覧することは可能であるとの返答を頂いていたので今回閲覧を申し出たところ、応募原稿は著者が故人の場合、家族の許可がないと閲覧できない、という回答を得た。応募原稿の閲覧は非常に難しい状況になったが、佳作1点のみ、著者の生前に電話で原稿の貸出の許可を得ていたため、現在遺族と相談中で、今後作品を読める可能性は皆無ではない。もし原稿を読むことができるようならば、その段階で論文に加筆する計画である。
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Strategy for Future Research Activity |
令和4年度は東台湾に在住していた湾生の自分史の特徴を明らかにすることが主な課題である。 昨年から東台湾の移民村(吉野村など)関連の自分史を探しているが、現在のところ3点の自分史書籍と1名の体験談(メールを使った聞き取り)しか収集できていないのが現状である。(自分史書籍等は現在も継続して探している)一番の理由は戦後75年以上経ち、湾生の高齢化、あるいは他界である。それ故、当初の研究計画は大幅に修正せざるを得ない状況にある。吉野村の村長を務めた清水半平の回顧録(『官営移民吉野村回想録』)と短歌集、孫の清水一也氏の自分史(主に祖父のことを書いた家族史)と聞き取り調査、清水氏からの資料提供を下に、新たな糸口を模索しているところである。『官営移民吉野村回想録』は希少本であり、研究の俎上にはほとんど上がっていない。村長経験者が綴った吉野村の回想と湾生としての感情面を表す短歌の両面から『官営移民吉野村回想録』を分析することにより、都市部の湾生の自分史とは違う農村部の湾生の自分史の特徴が明らかになるのではないかと考える。 またコロナの影響で、未だ台湾の現地調査が難しい状況ではあるが、渡航できるようになった段階で、旧吉野村、旧豊田村を訪れる予定を立てている。(現地関係者と連絡を取り合っている) 令和5年度はシベリア抑留の自分史の特徴を明らかにすることを研究課題に掲げているが、令和4年度中に舞鶴引揚記念館と平和祈念展示史料館でシベリア抑留に関する資料収集を行う予定である。
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Causes of Carryover |
今年度コロナの影響で日本自分史センターの蔵書調査の方法を変更した。当初は自分史書籍調査・資料整理補助のために大学院生を募集する計画を立てたが、安全面を考え、募集を取りやめた。そのため、人件費・謝金は発生しなかった。さらに現地への移動時間短縮を考え自家用車を使ったので、旅費も計上しなかった。また出席を予定していた台湾史研究会、自分史活用推進協議会・勉強会はオンライン(あるいはハイブリッド)に変更されたので、旅費の計上はなくなった。 北九州市自分史文学賞の調査は自分が現在持っている以上の資料や展示物がないこと、応募原稿の閲覧が個人情報の関係から難しくなったことにより、現地に行く意味がなくなってしまった。そのため、旅費を計上しなかった。しかし現在、応募原稿の一つ(佳作作品)の閲覧に関しては協議中である。もし閲覧が可能になった場合、北九州市の施設に出向く予定を立てている。
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