2021 Fiscal Year Research-status Report
国際人権規範の国内的実行化の政治メカニズム:ピノチェト政権下のチリを事例に
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21K13251
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
大内 勇也 早稲田大学, 政治経済学術院, 講師(任期付) (30775416)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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Keywords | 人権 / チリ / 国際規範 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、1973年に誕生したチリの軍事独裁政権による人権問題を取り上げ、国際社会の早い非難と実際の人権状況改善までの「時差」に着目し、その要因解明を目的としている。 一年目は、「時差」の要因の一つとして、当時、国際人権規範がまだ確立しておらず発展途上過程にあったことを検証した。この点を解明するため、チリの人権問題をめぐる国連での言説変化の分析に取り組んだ。この分析作業により明らかになったことは、当初、チリの状況に対する認識枠組みは多様であり、人権問題という共通理解に収斂していなかったことである。さらに、国連における議論が人権問題に収束していく過程では、同時期に発効した自由権規約の基準が適用されていたことが明らかになり、国際人権規範の発展と連動してチリの人権侵害に対する問題枠組みが確立していったことが確認された。 この発見の意義は、既存の国際政治研究が当時の国際人権規範を確立したものと仮定し、チリの事例を人権保障をめぐる国際政治の典型的な成功例としてきたことの再考を促す点にある。本分析により、当時の国際人権規範は十分に確立しておらず、国ごとあるいは国際機関ごとに異なる問題認識が、国連での議論を通して人権問題として収斂していったことが示された。 また本分析の重要性は、上記の国際人権規範の変動過程で何が起きていたのかを実証的に示した点にある。歴史研究では、1970年代は国際人権規範が広範に受容された時期とされているが、その主な分析対象は人権NGOなどの社会運動であった。その際、国家は人権問題に消極的な主体と見做されたが、実際の国家の姿勢が国際社会全体としてはどのような状況だったかは十分に検証されてこなかった。この分析により、国家間における人権問題の位置付けの変遷がより明確に理解できるようになった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
一年目の作業では、文献資料と国連資料の収集及び分析を行った。文献調査についてはチリの人権問題に関連した、社会主義者のトランスナショナルな連帯運動、米国や英国とチリの二国間の外交関係、国際人権法に基づく解釈に関する研究を整理した。しかし、これらの研究は国家間関係に着目した国際社会全体の人権問題の位置付けの変化を直接的な分析対象としていないため、国連のデジタルアーカイブスでアクセスできる国連一次資料の収集と読解が中心的作業となった。 一次資料分析に用いた主な収集資料は議事録、決議、報告書であり、対象機関は国連総会の本会議及び人権を扱う第三委員会、経済社会理事会、人権委員会である。対象期間はチリの軍事独裁政権期にあたる1973-1989年とした。 分析作業では各資料を読み込み各国の言説を拾い議論の変化を追っているが、進捗状況は当初予定をよりもやや遅れている。主な理由は、大量な資料収集と資料解釈の困難により、多くの時間がかかっていることである。現在までの資料分析による発見は、概ね当初の予測に沿ったものであるが、関連する資料が多岐に渡りかつその多くがオンラインで入手可能であるため、その収集・整理・分析を引き続き行なっている。 本研究は、当時の国際人権規範が発展段階であったという予測から分析を始めたが、その発展過程は、チリの状況に対する多様な問題認識が人権問題という枠組みへと収斂する過程でもあった。チリをめぐる言説には東西冷戦下の陣営間非難だけでなく、チリを支持するラテンアメリカ諸国の立場、そして難民、労働者、教育に関わる多様な機関の関与があり、特に1970年代の言説を整理するのは困難な作業であった。資料の再解釈のための再読解も行っており、研究成果としてまとめる作業が遅れている。現在、国連の言説分析については論文を執筆中であり、二年目にはその分析結果を公表できると考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
二年目はまず、これまでの分析結果を論文としてまとめその成果を発表する。収集した国連資料で分析を終えていない部分については引き続き内容を確認し、研究成果に組み込んでいく。 また次の作業段階として、新たに二つの分析対象を取り上げる。第一に、ラテンアメリカ諸国によるチリへの地域的対応である。これまでの国連の分析で、東西ブロックとは別にラテンアメリカ諸国のブロックが独自にチリを支持していたことが明らかになった。そこで、1960年代を通して地域人権規範を発展させてきたラテンアメリカ諸国が、国際人権規範と人権問題を抱えるチリへの支持をどのように捉えていたのかを分析する必要性が生じた。この点を明らかにするため、米国、ワシトンDCにある米州機構資料室で資料収集及び分析をし、米州域内の人権規範の変化を確認する。 また第二の分析対象として、チリ国内の分析も始める。特に軍事政権内のエリート層が国際社会の人権侵害批判をどのよう認識していたのかを解明する。チリは歴史的に国際人権規範の発展に貢献しており、軍事政権下のチリ代表も国連において人権規範自体は否定せず、むしろその規範支持を明言しながらチリの立場を正当化していた。このような言説の背景にある、チリ国内政治エリートの認識を明らかにするために、チリのサンティアゴにある政府文書館においてチリ政府資料の収集・分析を行う。 なお、現在のコロナ禍の状況変化により現地調査が実施できない可能性がある。その場合、まず米州機構に関しては文献調査と共に米州機構のウェブサイトで公開されている資料の調査・分析を行う。また、チリ政治については文献調査を中心に行う。ピノチェト政権期のチリに関しては膨大な研究蓄積があり、そこからも多くの知見を得られる。
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