2021 Fiscal Year Research-status Report
低次元有機単結晶における新規熱輸送現象の解明と制御
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21K14525
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Research Institution | Tokyo Institute of Technology |
Principal Investigator |
竹原 陵介 東京工業大学, 科学技術創成研究院, 助教 (00869779)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 熱伝導度 / 熱拡散率 / 比熱 / 有機単結晶 / πースタック / 異方性 / 低次元系 |
Outline of Annual Research Achievements |
近年熱マネージメントを目的とした熱輸送研究が盛んに行われているが、有機物質の熱輸送研究はほぼ未開拓の領域である。有機物質の熱輸送特性を明らかにするためには、化学結合、分子間相互作用、分子ダイナミクスといった物質の構造に由来する特徴と熱輸送特性との相関を明らかにすることで初めて達成される。本研究では、構成分子の配向や位置等の秩序を含め、X線構造解析により構造が明確に規定できる有機単結晶の熱輸送特性を明らかにすることで、新たな熱輸送の基礎学理構築を目指す。対象としたのは、トリフェニレンヘキサカルボン酸メチルエステル(TP)と呼ばれる分子から成る単結晶である。TP単結晶は高秩序なπ-スタックカラム構造を有する物質であり、いわゆる擬1次元系を成す。このようなπ軌道の重なりから成るスタック構造は、電荷や励起エネルギーの輸送経路を提供することや低次元系特有の現象が観測されることが良く知られているが、熱輸送との相関については明らかになっていない。本研究では東京工業大学 森川研究室および川路研究室と協働でTP単結晶の熱拡散率(α)、比熱(C)、密度(ρ)の温度依存性を測定し、κ=αCρの関係式から熱伝導度(κ)の温度依存性を評価した。さらに温度波熱分析法(TWA)を用いたことで、μmオーダーの長さを持つ単結晶の熱拡散率を測定することが可能となり、結晶の短軸となる⊥π-スタック方向の熱伝導度も評価することが可能となった。その結果室温において//π-スタック方向の熱伝導度は⊥π-スタック方向の2倍もなく、π-スタック構造の熱輸送への寄与は小さいことが示唆された。しかし熱伝導度の温度依存性に関しては、//π-スタック方向は一般的な絶縁体物質の熱伝導度の振る舞いに近い一方、⊥π-スタック方向は非晶性物質の熱伝導度の振る舞いに近く、結晶軸方向により大きく異なることが明らかになった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
定常比較法を用いてTP単結晶の//π-スタック方向の熱伝導度測定を行ったところ、κ=αCρの関係式から得られる熱伝導度の温度依存性とは大きく異なる振る舞いが得られた。熱伝導度を正確に評価するという目的を鑑みると、2つの実験手法で得られた結果が異なることは大きな問題であり、その原因を探った結果、定常比較法では熱輻射の効果が正確に取り除けていないことが明らかになった。また、輻射の効果は結晶の形状に大きく依存しており、TP結晶のように針状結晶に近いほど輻射の影響が陽に現れていた。以上の結果から、有機単結晶の熱伝導度を測定するうえで、針状の結晶においては定常比較法を用いるよりもκ=αCρの関係式から熱伝導度を見積もる方が、より正確に熱伝導度を評価できるという重要な知見が得られた。また、TWAを用いることで熱伝導度の異方性も評価することができるため、κ=αCρの関係式を利用することは構造的特性が異方的に現れる有機単結晶に極めて有用であることを見出した。 室温においてκ=αCρの関係式から得られた//π-スタック方向の熱伝導度は、⊥π-スタック方向の2倍もなく、π-スタック構造が熱輸送に寄与が小さいことを示唆していた。一方熱伝導度の温度依存性に関しては、//π-スタック方向では電気的に絶縁体である物質の熱伝導度の振る舞いに近く、フォノン-フォノン散乱も観測されたが、⊥π-スタック方向は非晶性の物質の熱伝導度の振る舞いに近かった。異方性も含めて低温領域まで有機単結晶の熱伝導度をκ=αCρの関係式から評価した例はこれまでになく、異方的な熱伝導度の温度依存性の観測も本研究ならではの結果であると言える。しかし室温において熱伝導度は絶対値が大きく離れていないにも関わらずどうして温度依存性が大きく異なるかは未解明であり、今後計算によるサポートも含めて明らかにしていく予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
有機物質の熱輸送特性を明らかにするためには、構造が明確に規定できる単結晶を対象とし、確度の高い実験手法により熱物性評価をすることが必要不可欠であったが、これまでのTP単結晶を対象とした種々の実験を通して、有機単結晶の熱伝導度を可能な限り正確に評価できる測定手法を確立することができたといえる。さらに微結晶でも熱伝導度の測定が可能になったことや、熱伝導度の異方性まで測定できたことは、当初想定していた以上に有用な知見である。今後は得られた熱伝導度の結果の物理的な意味を明らかにし、上記測定手法をTP単結晶以外にも適用し、対象物質の幅を広げることで有機物質の熱輸送特性を解明していく。 TP単結晶において、⊥π-スタック方向の熱伝導度は非晶性物質の熱伝導度の振る舞いに近く、実際平均自由行程を見積もったところ、熱を伝搬するフォノンが1サイト動く前に散乱されていることが示唆された。すなわちフォノンの平均自由行程はいわゆるMott-Ioffe-Regel limitに達しており、このことはフォノンの散乱体が非常に多数存在することを想起させる。しかしより詳細に熱の伝搬過程を検討するには、フォノンの状態密度や、散乱の周波数依存性までを考慮しなければならない。そのため今後は共同研究先と連携を強化して、X線非弾性散乱によるTP単結晶のフォノン分散関係の見積もりや、分子動力学計算のサポートによるフォノン散乱の起源も明らかにしていく。 また物質展開に関して、定常比較法により測定を予定していたπ-スタック構造を有する擬1次元系テトラチアフルバレン-クロラニル(TTF-CA)に関しても、κ=αCρの関係式を用いた熱伝導度の評価を試みる。
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Causes of Carryover |
測定に必要な機器を、共同研究先からお借りすることができたため、購入を予定していた機器を購入する必要がなくなった。また、当初想定していたよりも新型コロナウィルスの感染状況がおさまらず、現地に訪問し発表する予定だった学会に現地参加できなくなったため、当初計画したよりも旅費を使用する必要がなくなった。 次年度は共同研究先で使用する電気回路系の備品が非常に多くなると予想されるため、次年度使用額を当初の想定額以上に物品費に充てる予定である。また新型コロナウィルスの対策も次第に緩和の傾向が見られるため、次年度は現地に訪問し学会に参加するケースが増えると予想される。加えて、研究が進むにつれて研究内容の新たな方向性に沿って、普段参加している学会以外の新たな学会にも参加し始めたため、次年度使用額を当初の予定以上に学会に充てることを考えている。
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Research Products
(4 results)