2021 Fiscal Year Research-status Report
近赤外発光を示す新規 ESIPT 分子の創製と発光の高効率化
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21K14614
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Research Institution | Osaka Prefecture University |
Principal Investigator |
鈴木 直弥 大阪府立大学, 工学(系)研究科(研究院), 助教 (80823492)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 有機色素 / ESIPT / 機能性色素 / 固体発光 / 励起状態制御 |
Outline of Annual Research Achievements |
近赤外発光を示す化合物は、生物学や光電子工学の分野において有用性が注目されている。特に、近赤外光は生体透過性が高く、生体組織への光毒性が低いため、生体イメージングや医療デバイスへ応用されている。このような背景から、様々な近赤外発光性化合物が報告されてきたが、未だ高い発光効率を示す例は限られている。 本研究では、高効率の近赤外発光を示す化合物群を創製するため、C-H 結合からの励起状態分子内プロトン移動 (ESIPT) という新たなコンセプトを着想した。ESIPT とは励起状態においてプロトンが基底状態と異なる位置に分子内移動する現象であり、この構造変化に伴って発光波長が大きく長波長化する。この長波長化により、発光の自己吸収が抑えられ、発光効率が向上する。また、C-H結合から ESIPT を起こすことで、π共役系が拡張された強発光性の励起状態を形成することができる。 ESIPTは励起状態での分子内酸塩基反応といえるため、その起こりやすさはプロトン供与性部位の励起状態における酸性度と、プロトン受容性部位の塩基性度に依存する。通常、C-H 結合は安定な結合であり、プロトン放出は進行しない。そこで、今回 C-H 結合からの ESIPT を実現するプロトン供与性部位として、大きな酸性度をもつインドリノン骨格を選択肢した。実際の化合物として、プロトン受容性部位としてベンゾオキサゾールを導入したインドリノン誘導体を合成し、その発光特性を評価した。その結果、溶液状態では単一の発光帯を示したのに対し、固体状態においては二つの発光帯が観測された。その結果はC-H結合からのESIPT 挙動を示した初めての実験例である可能性があり、現在、それぞれの発光帯の帰属を行なっている。また、プロトン供与性部位としてジアザフルオレン骨格の合成を行なっており、C-H結合からのESIPT分子群の創製が進められている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
これまでに設計・合成したベンゾオキサゾール構造をもつインドリノン誘導体は、溶液中で骨格由来の単一発光帯を示したのに対し、固体状態においてはさらに長波長側に発光体をもつ、二重発光特性を示した。発光波長の長波長化が観測されたことから、実験的に世界で初の C-H 結合からの ESIPT 発光の例となる可能性がある。現在、単結晶 X 線結晶構造解析をはじめとした手法により、それぞれの発光体の帰属を行なっている。 同分子設計の長所は、分子構造の変換の多様さにある。プロトン受容性部位は、Stille カップリングをはじめとした様々な化学的手法で導入可能である。合成した種々の誘導体について、分光学特性を比較することで、ESIPT 挙動の高効率化および発光波長の長波長化を達成する分子構造を模索できる。すでにプロトン受容性部位の変換により、ESIPT 挙動を調節可能であることを示唆する結果が得られている。例えば、ベンゾオキサゾール構造のかわりにベンゾチアゾール構造を導入した場合、インドリノン骨格の 1H NMR スペクトルが大きく低磁場シフトする。この結果は溶液中において分子内水素結合が形成されていることを意味する。分子内水素結合の形成は ESIPT 挙動に不可欠であるため、プロトン受容性部位の電子構造および立体構造と ESIPT 挙動には大きな相関があると考えられる。また、インドリノン骨格のアミド構造はチオアミド構造に変換可能であり、それによって酸性度が大きく向上することがわかっている。すなわち、チオアミド化によって ESIPT 挙動を大きく促進させることができると期待される。以上の結果はC-H結合からのESIPT 挙動を示す化合物の分子設計に重要な知見を与えるものである。
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Strategy for Future Research Activity |
まず、既に特異な発光特性が観測されているインドリノン誘導体について、固体状態の分子配座と発光挙動の相関を解明する。X線結晶構造解析やIRスペクトル測定による分子構造解析に加え、時間分解傾向スペクトル測定など分光学測定を行うことで、ESIPT 挙動を示しているかを確認する。インドリノン誘導体の発光挙動について知見を得た後は、分子修飾により発光効率の向上、ESIPT 挙動の発現、促進をねらう。具体的には、インドリノン骨格のアミド構造をチオアミド構造に変換し、プロトン供与性部位の励起状態における酸性度を向上させ、ESIPT 挙動の促進を試みる。また、ベンゾチアゾール、イミダゾール、チアゾロチアゾール等プロトン受容性の構造を導入した誘導体を合成し、プロトン受容性部位の構造が ESIPT 挙動に与える影響を精査する。 以上の検討を2022年度前半に行ったのち、得られた知見をもとに、高効率の近赤外発光を示す化合物の合成を行う。インドリノン誘導体を化学修飾することにより、発光波長を長波長化させるアプローチに加え、発光の高効率化のための分子設計として、既存の強発光性色素の構造を ESIPT 状態で形成する化合物を合成する。具体的な構造として、バイオ分野の蛍光標識試薬として利用されるキサンテン色素やポリメチン色素を検討する。合成した化合物について発光特性を評価し、高効率の長波長発光が達成する分子構造を探索する。優れた発光特性を示した化合物を用い、細胞内へ導入し、生体イメージングを行う。また、有機 EL 素子の作製・評価を行い、長波長発光材料の基本骨格としての有用性を実証する。
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Causes of Carryover |
2021年度はコロナウイルス感染対策のため、研究活動の制限を受けたこともあり、十全に研究時間を取ることが困難であった。その結果、試薬や化学実験用器具の消費が減り、物品費に次年度使用額が生じた。また、同様の理由で研究に関する出張などが制限されたことで、旅費としての支出もなかった。2022年度は研究を大きく促進するために多様な合成検討、物性評価を行う。そのため、より多くの合成用試薬および合成用器具・装置、また物性評価用装置器具・装置 (石英製セル等) を購入する。また、より高度な分子設計と解析を行うために、量子化学計算用PCを購入予定である。旅費については、学会への参加を積極的に行うのに加え、当研究室や当大学内で評価が困難な測定 (近赤外発光領域における蛍光量子収率測定、時間分解蛍光スペクトル測定など) を行う出張に使用する。
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