2021 Fiscal Year Research-status Report
光合成における遠赤色光の役割:光化学系Iの駆動を介した新しい光合成調節機構
Project/Area Number |
21K15118
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
河野 優 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 特任助教 (40838265)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 光合成 / 光阻害 / 遠赤色光 / 陸上植物 / 変動光 |
Outline of Annual Research Achievements |
光合成反応の出発点である光化学系II(PSII)は強光に感受性で容易に失活してしまう(光損傷)。一方、弱光から中程度の光存在下では修復速度が高いため、高い光合成が維持される。 PSIIの光損傷機構については 、PSIIコアタンパク質D1と酸素発生複合体(oxygen-evolving complex; 以降OECと表記)のどちらが最初に失活するかという議論が続いている。PSIIの測定によく用いられるクロロフィル蛍光PAM測定法は、D1のQA還元活性を反映する。申請者は、このD1活性が過小評価される条件があることに気付き、この過小評価分はOECのみが失活しているPSIIに由来することを明らかにした。さらに、PAMを用いた、葉および単離光合成膜で分別定量法を確立した(Kono et al. 2021)。この手法を用いて様々な環境条件でPSII光損傷を調べたところ、PSIIの損傷状態は、[D1 x OEC]の組み合わせによる計3種類の状態で存在し得ることが示唆された(Mixed population hypothesis of PSII complexとして提唱中)。 これまで損傷したPSIIはひとつのpopulationとして認識されていたが、損傷機構そのものよりも損傷状態の違いに着目したことによって、野外植物が自然光下で光合成と光阻害のバランスをどのように保っているのか明らかにできるきっかけを得ることができた。実際に、異なる損傷状態のPSIIに対し、各々に修復光を当ててやると、修復活性が全く違うことを見出している(論文改訂中)。 得られた知見と遠赤色光の役割を併せることで、生態学的な観点から自然光下での光阻害の実態を明らかにすることを、次年度の研究課題とする。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
葉緑体の光合成電子伝達反応は、400-700 nmの光(光合成駆動光)によって2つの光化学系(IIとI)が駆動されることで起こる。しかし、過剰な光は光化学系を損傷する。植物は、いくつかの過剰光散逸機構と、2つの光化学系I 循環的電子伝達経路をもっている。これらは電子伝達と共役したH+の膜内腔への取込によって形成されるプロトン駆動力や、光化学系Iの酸化側1および還元側の電子伝達のバランスに応じて誘導される。光化学系を保護しつつ効率良く光合成を行うためには、光強度の変化に対応してプロトン駆動力の大きさ、プロトン駆動力成分の分配比(プロトン濃度勾配:膜電位)を適切に調節する必要がある。 強光→弱光シフトにより、光合成速度は急激に低下する。この時、遠赤色光が存在すると、ない場合にくらべて光合成速度が高かった(Kono et al. 2020)。弱光シフト直後は、光合成膜に存在しK+ / H+交換体として提唱されているKEA3(Armbruster et al. 2014)による速やかなH+排出によりプロトン濃度勾配が小さくなり、熱散逸系の駆動が解除され、光合成増大につながった(論文改訂中)。弱光シフト数分後の光合成促進の要因は、遠赤色光が膜電位成分を増大させプロトン駆動力を高めたためであり、遠赤色光特異的に活性が制御されるイオン輸送体の存在を示唆した。
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Strategy for Future Research Activity |
ここまでは、葉のレベルで遠赤色光による光合成促進の現象を明らかにしてきた。今後の課題は、より詳細なメカニズム解明に向けて、シロイヌナズナの野生型および各種変異体から単離した葉緑体/光合成膜を用いて実験を行う。葉レベルの実験から、遠赤色光による光合成促進には、光化学系Iの励起を介したチラコイド膜の膜電位の変化が関与していることが分かっている。また、イオン輸送体に関する変異体を用いた実験から、H+/K+交換体として提唱されているKEA3が関与していることも分かっている。さらに、各種イオノフォアを用いた予備実験では、そのイオン種がK+であることを示唆する結果まで得られている。 KEA3の関与、カリウムイオンの移動が重要であることを単離光合成膜を用いて確認する。KEA3はK+/H+交換輸送体と提唱されているが、直接活性を測定した研究はない。KEA3の活性を、光合成膜パッチクランプ法を用いて測る。 光照射下の光合成膜の膜電位の変化を515 nmによる分光的手法で測定する。予備実験から、遠赤色光はH+以外の陽イオンの膜内への取り込みを促進することを示唆する結果が得られている。試料溶液中のK+, Cl-の濃度を変えて測定を行い、遠赤色光依存的に動くイオン種を特定する。イオン輸送体の欠損変異体を用いて、遠赤色光依存のイオンの流れに関与するイオン輸送体の特定を試みる。 光合成励起光条件や遠赤色光の強度を変えて、光化学系Iの活性とイオンフラックスの関係、最終的にはそれらと光合成速度との関係を明らかにする。
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Causes of Carryover |
コロナ禍および地震などの災害を鑑みて、今年度は旅費の使用はほぼ皆無であった。次年度は、学会や研究打合せおよび共同研究先での実験などの出張費が発生する。 論文投稿予定が複数あるので、それの英文校閲費と投稿料などの経費にあてる。 今年度よりも次年度はより複雑な実験を行う計画であり、そのための試薬代や測定備品の調達に多くの経費がかかる予定である。
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