2021 Fiscal Year Research-status Report
社会的な環境とその変化が学習機能へ影響する脳メカニズム
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21K18025
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
寺尾 勘太 早稲田大学, 文学学術院, その他(招聘研究員) (90825449)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 記憶 / 学習 / 社会的隔離 / コオロギ |
Outline of Annual Research Achievements |
昨今のコロナ禍の影響で、社会では社会的隔離のような状況が生じています。社会的隔離とは動物個体を他個体から隔離して単独状態に追い込むことを指します。社会的隔離は社会性のほ乳類の認知機能と脳に負の影響を与えるため、現在の状況が長期的に見て人々と社会に負の影響を生む危険性が危惧されます(Mattews et al., Cell 2016)。認知機能とは記憶・学習や知覚・生殖などの行動決定の機能を指します。 申請者とその研究チームは認知機能の中でも学習に着目してきました。ほ乳類とコオロギの学習を理論と神経メカニズムの2つの側面から比較することで、両種で部分的な一致が見られることを明らかにしてきました。 いわゆる社会性動物において、社会的隔離による認知機能低下が報告されているため、社会的隔離は動物の生き残りに不利と考えられてきました。しかし隔離による影響は、社会環境に応じて柔軟に表現型を変える性質を反映しており、進化的に有利である可能性があります。社会的隔離は社会性の動物にとって稀で不自然な現象であるため、その影響の報告例は負にバイアスしている可能性があります。社会的隔離を含む、社会的環境の変化がもたらす正・負の影響を研究するためには、自然下で社会的隔離・社会的に密のどちらでも生存し、社会的な変化を経験し得るモデル生物が必要です。 コオロギは野外で主に単独性で生育する一方、集団生育・社会的環境の変化を伴う局所的な大量発生をする場合があります。研究室下でも社会環境に応じた行動の変化が報告されています。コオロギを社会環境に応じた学習や脳の変化を研究するモデル生物として用いることで、社会的な環境とその変化が学習と脳へ与える正・負の影響を検証します。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
社会的隔離がフタホシコオロギの嗅覚 - 報酬の連合学習に負の影響を与えることを示唆する結果を得ました。 まずはフタホシコオロギを単独飼育(isolated)または雌雄混合で飼育しました(crowded)。成虫脱皮後一定時間以内にコオロギを回収し、1群を単独で隔離飼育し、別の1群を雌雄混合で飼育しました。一定期間の隔離 / 集団飼育の後に、それぞれのコオロギを水への嗜好性を上昇させるような絶水条件で一定期間の飼育をしました。次に、匂い-水の連合学習を行った際の記憶形成および1日後の記憶テストの成績を調べました。植物の匂いを提示した後、報酬となる水を提示する訓練をコオロギに行いました。訓練中および訓練後の匂い嗜好性を口吻の進展反応(Maxillary palpi Extension Response: MER)という指標を用いて評価しました(Mastumoto et al., 2015)。 結果として、訓練時(記憶形成時)にはisolated群に比べてcrowded群で匂いへの反応(MER)が高い傾向が見られました。1日後のテストではcrowded 群は訓練した匂い特異的に高い嗜好性が見られる一方で、isolated 群でその傾向は見られませんでした。得られた結果を統計的に評価したところ、有意な差が得られました。以上の結果から、社会的隔離が記憶に関連するなんらかの仕組みを抑制する可能性があると考えられます。
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Strategy for Future Research Activity |
社会的隔離を代表とする社会的環境がコオロギの学習をはじめとする認知機能に与える影響を調べます。さらに、その神経・分子基盤を調べます。 まずは、2021年度に得た社会的隔離が連合学習へ与える負の影響についての結果をさらに検証します。具体的には、隔離 / 集団飼育の期間を変動させて同じような実験を繰り返した際に、同様の結果が得られるかを調べます。これにより、本実験結果が強固であるか確かめます。なおこの際、隔離 / 集団飼育の期間が長期化するほどに、連合学習を抑制する効果が強くなるかを併せて確認します。 次に、社会的隔離が連合学習に与えた負の影響を実現するメカニズムを調べます。調査の手段として生体アミンの定量とトランスクリプトーム解析の準備を進めています。生体アミンの定量のために、液体クロマトグラフ質量分析法(Liquid Chromatograph - Mass Spectrometry; LC-MS/MS) をコオロギ脳に適用するための準備を進めています。トランスクリプトーム解析のために、RNA-seq 法によるRNA発現の網羅的な解析をコオロギ脳に適用するための準備を進めています。 最後に、社会的隔離が学習だけでなく他の認知機能に与える影響を調べます。社会的隔離条件で飼育下コオロギを観察した際に、いくつかの実験条件で通常と異なる行動の傾向が見られる可能性を確認しました。行動の傾向の詳細を定量することで、社会的隔離が広く認知機能に与える影響を確認する予定です。
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Causes of Carryover |
コロナ禍での実験・研究のため、資金の使用に若干の遅れが見られる。 研究の内容をより良いものとするため、資金を使用する。
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