2022 Fiscal Year Research-status Report
Exploration of Policy Evaluation Methods based on "Nudges" combined with Large Scale Database in Newly Emerging Economies
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21K18433
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
島村 靖治 神戸大学, 国際協力研究科, 教授 (50541637)
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Project Period (FY) |
2021-07-09 – 2024-03-31
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Keywords | ナッジ / 大規模データ / 政策評価 / 医療保険制度 |
Outline of Annual Research Achievements |
近年、行動経済学の分野において「ナッジ(少しのきっかけを与えることで行動の変化を促す手法)」が注目されている。本研究では、新興国において人々の健康に関連した幾つかのナッジを活用することで、政策介入によるミクロレベルでの人々の行動変容を検証すると共に、その社会的・経済的効果を推計し、更には全国規模の家計調査データや医療データベースなどの大規模データと結合することでマクロレベルでの新たな政策評価手法の確立を目指すものである。 今年度は、新興国の筆頭であるインドネシアのジョグジャカルタ市郊外において、公的医療施設が提供するプライマリ・ヘルスケア・サービスを補完する役割を担う医療ボランティアの活動に着目し、感染症(特にCOVID-19)などの予防行動を促進するためのナッジ活用の実験を実施した。また、情報介入に加えて、感染症対策として高性能なフェイスマスクを普及させるため、マスク販売に対し金銭的インセンティブを提供する実験も実施した。医療ボランティアは利他性の高い人々だと考えられるが、献血などの事例にみられるように金銭的インセンティブが利他性に基づく人々の行動にネガティブな影響を与える可能性もあり、その検証が求められている。 更に、医療ボランティアの活動報酬に対する選好についての離散選択実験による実証分析も行った。分析結果からは、医療ボランティアはその利他性の高低によらず金銭的報酬の受け取りを好ましいと考えていることがわかった。そして、医療ボランティアは村役場や公的医療施設が発行する活動証明書といった非金銭的な報酬の受け取りについても好ましいと考えていることがわかった。加えて、利他性の高い医療ボランティアのほうが利他性の低い医療ボランティアよりも非金銭的な報酬の受け取りをより強く好ましいと考えていることもわかった。こうした分析結果についてまとめた研究成果を国内学会で発表している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究では、ベトナムとインドネシアにおいて人々の健康に関連した幾つかのナッジを実施し、その政策介入によるミクロレベルでの人々の行動変容を検証する計画であった。しかし、新型コロナウィルス感染症の全世界的な蔓延により、日本人研究者が現地へ渡航することができず、また現地のカウンターパートスタッフによる活動も大きく制限され、研究の進捗には大きな遅延が生じてしまった。それでも、これまでにインドネシアでは、医療ボランティアに対し感染症などの予防行動を促進するためのナッジを実施することができた。具体的には、所謂3密を避けるための情報介入として「自分自身への感染を避けるために」という情報提供だけではなく、「家族や村の人々への感染を避けるために」といった方法でも情報提供を行い、その結果を比較している。また、医療ボランティアに対する金銭的なインセンティブによる行動変容に関する実験も実施することができた。具体的には、高性能なフェイスマスクの普及のため、近隣住民への販売時の利益を医療ボランティアに与えるケースと、彼らが活動する統合保健ポストに寄付するケースとを比較する実験も行っている。 更に、これまでにベトナム中部の村で実施してきた有機肥料の普及に関する研究では、村の家計の全数調査に基づき男女別に村に存在するすべての社会ネットワークを把握し、そのなかで有機肥料に関する情報がどのように伝搬し、その利用を促進するかについての分析を行い、査読付きの国際学術誌に投稿している。また、ベトナム中部のトゥア・ティエン・フエ省からは人々の医療施設の訪問と医療サービスの利用に関するデータの提供を受け、共同研究を進めている。このデータはフエ省のすべての公的医療施設から集められた大規模な医療データベースであり、新型コロナウィルス感染症が人々の医療サービスの利用へどのような影響を与えたか検証を行い、論文を執筆している。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は、インドネシアで実施した医療ボランティアへのナッジ活用実験から得られたデータを使った分析と論文の執筆を更に進めていく。他方、ベトナムにおける食物の栄養価を高めるためのナッジ活用実験については、新型コロナウィルスの蔓延により3年程中断し再開が困難な状況にある。 そこで、代替案として既存データの活用も進める計画である。具体的には、ミャンマーのマンダレー市における管路給水事業の人々の健康改善効果を検証する。マンダレー市では、事業実施前には多くの世帯が私有井戸を利用していた。健康改善効果はもともとの私有井戸の水質が悪いほど大きくなることが期待される。更に、居住者に対し私有井戸の水から大腸菌が検出されたか否かを伝える情報介入を行い、水質が悪いことを知った世帯ほど水を飲む前の煮沸を徹底したり、新たに提供された管路給水事業からの水を多量に使用するようになったりしたのではないかと考えられる。結果として、人々の健康状態の改善もより進んだのではないかと考えられる。こうした仮説を検証すると共に、健康状態の改善に伴い人々の就業や就学にどのような影響があったのかについても検証を行う。 加えて、モロッコにおける地方道路整備事業の医療施設利用の促進効果についても検証を行う。道路整備により移動コストが軽減され、医療施設の利用が促進されることが期待できる。しかし同時に、移動コストの軽減は医療施設への訪問に限らず、多くの場所への移動を容易にして社会・経済的活動を活発にすると考えられる。結果、人々の間でやり取りされる情報も増大すると考えらる。人々が疾病・疾患に罹患した際に、どの医療施設を選択するかについては、それそれの医療施設に関する情報が大きな影響を及ぼすと考えられる。そのため、道路整備の移動コストの削減による医療施設の利用促進効果に加え、新しい情報による医療施設選択行動への影響についても検証を行う。
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Causes of Carryover |
新型コロナウィルス感染症の全世界的な蔓延により、日本人研究者が現地調査に同行できないだけでなく、現地のカウンターパートスタッフによる活動も大きく制限され、これまで新たなナッジ活用実験を実施することができない状況が続いてきた。そのため、調査実施の準備のための海外渡航および調査実施のための予算が未使用のままとなっている。 しかしながら、2022年度にはインドネシアにおいてガジャマダ大学医療公衆衛生看護学部との共同研究として、医療ボランティアに対するナッジ活用実験を実施することができた。また、ベトナムにおいてはフエ医科薬科とは複数年に渡る共同研究の実施実績があり、2023年度には現地調査を再開する目途がついている。更に、フエ医科薬科大学との共同研究を通じて、通常では取得が難しい医療データベースへのアクセスが可能になっており、現地の疾病・疾患の傾向、発症頻度、現在の医療費を把握することができている。こうしたデータを使った分析を更に進め、論文の執筆や学会での発表、そして査読つき国際学術誌への公刊を目指す計画である。
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Research Products
(3 results)