2021 Fiscal Year Research-status Report
1920‐50年代における日本の探偵小説ジャンルの形成と展開に関する研究
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21K20004
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Research Institution | Kumamoto Gakuen University |
Principal Investigator |
井川 理 熊本学園大学, 経済学部, 講師 (90909227)
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Project Period (FY) |
2021-08-30 – 2023-03-31
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Keywords | 探偵小説 / 推理小説 / 大衆文化 / ジャンル論 / メディア論 / 木々高太郎 |
Outline of Annual Research Achievements |
令和3年度は、研究課題である1920年代から50年代における日本の探偵小説ジャンルの形成と変遷の過程を考察するための準備作業に従事した。具体的な作業の内容と進捗状況は以下の通りである。 まず、東京出張を行い、『宝石』『探偵倶楽部』等の戦後期の探偵小説雑誌を閲覧し、1950年代における探偵小説批評言説の調査を実施した。そこでは、主に従来の研究ではあまり論じられてこなかった敗戦後の本格的探偵小説の成立とその後の社会派推理小説の隆盛の間の時期における言説の収集・整理に努めた。 また、上記と併行して、戦前から戦後に至るジャンルの展開を考察するために、「推理小説」というジャンル名称の提唱者でもある木々高太郎の戦後期における創作・批評実践に着目し、関連資料の収集・整理とテクスト分析の基礎作業を行った。まず、批評活動においては、木々が1930年代後半に提唱した「探偵小説芸術論」が、1950年代に至って「人間の知恵の勝利を謳う文学」としてのテクストの社会性を重視する議論へと変遷を遂げていたことを確認した。また、創作活動では、1950年代初頭に熊本県で発生したハンセン病患者をめぐる実在の死刑冤罪事件を題材とした『熊笹にかくれて』(1960)を検討した。本作では再審請求をめぐって社会問題化される同時期の事件の在り様が描かれるとともに、フィクション形式を用いて発表時には係争中であった事件の「真実」を考察する試みが行われており、それが先述の批評実践における社会性の重視と通底するものであることが明らかとなった。現在はこれらの作業によって得られた資料と知見に基づく研究発表、論文を準備中である。 なお、上記に加え、本年度は戦前から戦後にかけて探偵小説や実話ジャンルの分野で活躍した橘外男の作品紹介記事「橘外男作品紹介」を分担執筆し、『『新青年』趣味』第22号(2022年5月)に発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
これまでの研究実施状況において、当初の計画通り、①熊本県・福岡県を中心とした地方紙における探偵小説関連記事の調査・分析、②個別作家の資料調査・テクスト分析、③戦後期における「探偵小説」と「推理小説」をめぐる言説の収集・整理のそれぞれの作業を進行させることができた。今年度はとりわけ②③の作業の比重が高くなったが、それらの作業を通じて、本研究の目的である1920、30年代に定着した「探偵小説」から、1950年代の後半において一般化していく「推理小説」へとジャンルの呼称が推移していくプロセスと、その過渡期において既成作家である木々高太郎とともに、仁木悦子を中心とした新人作家の創作・批評実践がどのように布置されるのかを考察する端緒となる資料・知見を得ることができた。また①についても、木々高太郎の『熊笹にかくれて』の題材となった事件をめぐる言説を調査する過程で、熊本県・福岡県を中心とする地方紙を閲覧し、探偵小説関連資料の収集を一部行うことができた。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度以降は、今年度の研究成果を研究発表・論文等の形で公表するとともに、当初の計画通り、①熊本県・福岡県を中心とした地方紙における探偵小説関連記事の調査・分析、②個別作家の資料調査・テクスト分析、③戦後期における「探偵小説」と「推理小説」をめぐる言説の調査、という三つの作業を継続して行う。 ただし、上記の通り、今年度はこれまでの研究で扱ってこなかった③の比重が高くなってしまったので、次年度は①②の作業を重点的に進めていく。①の具体的な作業としては、戦前期における熊本県の『九州日日新聞』『九州新聞』及び福岡県の『福岡日日新聞』『九州日報』の社会面・文芸欄を対象とした探偵小説に言及する記事の複写・収集・整理を行う。また、②の具体的作業としては、夢野久作の『福岡日日新聞』に連載された『犬神博士』(1932)や『九州日報』記者時代の東京取材を下敷きとした『暗黒公使』(1933)を中心に、個別テクストの分析を行う。さらに、それと併行して、②③に関わる作業としては、社会派に先行して「推理小説」という語の浸透に寄与したとされる仁木悦子『猫は知っていた』(1957)の小説・映画によるメディア横断的な広がりの様相を検討するため、資料調査とテクスト分析を行う。 以上の①から③の作業で得られた資料や分析結果については、学会・研究会等で適宜口頭発表を行い、大学紀要や学会誌などに投稿論文の形で公表していく予定である。
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Causes of Carryover |
新型コロナウィルスの感染拡大により、参加を予定していた学会・研究会がオンライン開催となり、また、資料調査のための出張が制限されたことなど、主に旅費やそれに伴う複写代金等の執行ができなかったことが主な理由である。今年度の未使用分は書籍等の物品購入費用に充て、翌年度分は計画通り使用していく予定である。
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Research Products
(1 results)