2021 Fiscal Year Research-status Report
ヨーロッパ・イスラームの宗教実践における音楽―アルバニアのベクタシ教団の事例から
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21K20065
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
鈴木 麻菜美 京都大学, アジア・アフリカ地域研究研究科, 特定研究員 (20911134)
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Project Period (FY) |
2021-08-30 – 2023-03-31
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Keywords | イスラーム / 宗教と音楽 / アルバニア / ベクタシ / スーフィズム |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、イスラーム神秘主義(スーフィズム)の「ベクタシ教団」のバルカン半島地域での活動を通して、今日のヨーロッパにおいて、イスラームの信仰がどのように構築され一般民衆に受容されているのかを解明するため、イスラーム思想と民衆文化が相互に影響して形成されたベクタシ教団の音楽に着目する。ベクタシ教団を含む「スーフィー教団」とは、イスラームの信仰をさまざまな形態・解釈をもって追究し修道する者たちで構成する集団を指す。「民衆のイスラーム」(赤堀:2008)の事例としてスーフィー教団の活動がしばしば取り上げられているように、彼らの実践には地域ごとに根差した民衆文化との相互的な影響が見られる。それは、彼らが修行の道を追求するばかりでなく、その土地の人々にイスラームの思想を広める伝道者、教師の役割も担っていたためであり、時にその過程には民衆に親しみのある舞踊や音楽が取り入れられた。ベクタシ教団を含むスーフィー教団の活動は、ともすれば民衆由来の世俗的な土着信仰と批判されることもあるが、彼らはそれを「真正」なイスラーム思想の実践として認識している。すなわち、これまで研究されてきたテキスト(クォラーン)中心の信仰形態と同様に、彼らの音楽もイスラーム思想を探求・普及する媒介として成立しうるものである。ベクタシ教団はトルコ国内での活動が禁止されたことを契機に、伝統的なイスラーム文化圏である西アジアからヨーロッパのバルカン半島へと拠点を移した。本研究が掲げる学術的問いは、ヨーロッパに拠を移した彼らがその土地の民衆やその文化と交流したことで、宗教実践にどのような影響があり、いかに音楽に表れたのかという点である。そこから、バルカン半島の民衆にベクタシ教団が持つイスラームやスーフィズムの思想がどのように受容されてきたかを探っていく。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究では、アルバニアにおいてフィールドワークと文献調査を行い以下の調査事項を実施することが計画されている。A)教団形成の歴史的過程:教団が記録・出版している書籍および国立図書館に保存されている公的文書から、活動初期の17世紀、拠点が移った1920年代、活動が禁止された共産主義を経て現在に至るまでの、アルバニアにおけるベクタシ教団形成の過程を把握する。さらにババ(教団の精神的支柱)やデルヴィーシュ(修行僧)への聞き取り調査により、教団を取り巻く現在の社会的・政治的状況を把握し、イスラームとしての立場や環境、地域の民衆との関係などを検証する。B)音楽文化の異種混交化:儀礼を含めた宗教的音楽を録音・譜面化し、その音楽が含む「ベクタシ音楽」と「地域(=アルバニア)由来の音楽」それぞれの要素の抽出と分析を試みる。同時に、教団の奏者から聞き取り調査も実施し、異種混交化に関する認識、演奏技術などを調査する。C)音楽を通じた大衆化・信仰深化:ベクタシ音楽の実践の場である儀礼、巡礼、祝祭に注目し、音楽実践を通じた教団外部の地元民との交流や信仰の在り方について記録する。Bで分析した点に加え、演奏の場ごとに変わる音楽的内容(詩、旋律、楽器構成、演奏方法)を解析することで、教団内部と民衆への大衆化及び信仰深化に音楽がどのように利用されているのかを明らかにする。Bでは音楽の実践者側の調査となるのに対し、Cは音楽を受容する民衆側の社会学的分析も含む。 Covid-19の影響を鑑みて昨年度内の現地調査は差し控えたため、上記の研究項目は文献資料と視聴覚資料の調査によって進められている。項目B及びCについては、アルバニア現地での情報収集が必須であるため今年度実施予定の現地調査を待つところとなっているが、Aに関しては先行研究やウェブ上で入手可能な記録文書による情報によって分析が行われている。
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Strategy for Future Research Activity |
今後も概ね当初の計画通りに調査を遂行していく予定である。懸念事項であったCovid-19による影響についても、2022年4月現在ヨーロッパでの入国・行動規制等は緩和され始めている。申請者はアルバニアでの現地調査も可能と考え、今夏の実施に向けて準備を進めている。具体的には7月初旬~9月中旬にかけてアルバニアに滞在し、巡礼(8月20~25日、トモル山、アルバニア)ほかの行事と通常の儀礼における音楽実践の調査を行い、その成果を国内会議発表(11月)と論文執筆(12月)の形で報告する予定である。加えて、3月に行われるベクタシにとって重要なネヴュルツ祭に合わせて再度現地調査を実施し、情報を補填する調査を予定している。
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Causes of Carryover |
本研究は調査地(アルバニア)における音楽実践の観察とインタビューなどの現地調査と文献などによる資料調査が核となっている。そのため研究資金も、祭事が行われる時期に合わせた3月と8月計2回のアルバニアでのフィールドワークに際しての旅費、人件費(現地協力者への謝礼)、物品費(現地の文献・視聴覚資料の購入)のために大部分が確保されていた。しかし、調査地のコロナ感染人口や、感染対策による入国・行動制限により十分な調査が行うことができない可能性を鑑み、2021年度内の調査は差し控え、2022年度8月及び3月に調査時期を持ち越したため、次年度使用額が生じている。しかし、2021年度内の現地調査実施可能性の低さについてはすでに申請段階の計画に織り込み済みであり、2022年度8月及び3月に調査を行うことで十分な調査結果を得ることが可能であると申請者は考えている。
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