2021 Fiscal Year Research-status Report
明治前期日本における官業払下げの展開過程―中央と地方、官と民の対抗関係に着目して
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21K20120
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Research Institution | Tohoku University |
Principal Investigator |
谷川 みらい 東北大学, 経済学研究科, 特任助教 (10912347)
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Project Period (FY) |
2021-08-30 – 2023-03-31
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Keywords | 官業払下げ / 工場払下概則 / 中央・地方 / 開拓使 / 工部省 / 佐佐木高行 / 黒田清隆 / 鉱山払下げ |
Outline of Annual Research Achievements |
明治前期の日本で行われた官営事業払下げについて総合的に再検討するものである。明治13年以降政策として行われた官業払下げは、日本の工業化の画期、また財閥形成の端緒として広く認められている。先行研究では、官業払下げによって財閥および産業全般を育成した政府の強大さが強調されたり(山田盛太郎『日本資本主義分析』(岩波書店、1934年))、逆に払下げを受けた事業の経営を軌道に乗せた企業の能力が強調されたりしてきた(小林正彬『日本の工業化と官業払下げ』(東洋経済新報社、1977年))。一方で、官業所在地域の人々による払下げ政策への対応や、官業払下げの各局面の政治史的意味については、十分な議論がなされてこなかった。本研究では以上の状況をふまえ、官―民の対抗関係のみならず中央―地方の対抗関係にも着目し、近代国家形成期にあたる明治前期の日本社会(政治的要素・経済的要素を含む)総体の中に官業払下げを位置づけることを目指す。 特に、「工場払下概則」が明治13年に制定され、明治17年に廃止されるまでの経緯を詳細に解明する。その間、明治14年に発生したいわゆる「開拓使官有物払下げ事件」は、官業払下げの過程における重要な画期であるため、その背景をなす開拓使事業の特質や政治家・省庁間のかけ引きにも目を配る。官営事業を主管した官庁として開拓使の他に内務省―農商務省、工部省があったが、太政官が打ち出した払下げ政策に対する各省の対応について、各工場・鉱山の事例にそくして明らかにする。研究全体を通じて、政治家・官庁、最終的に多くの事業の払下げを受けることになる大資本の間で行われる中央のやり取りのみならず、官業所在地域の人々による払受け運動や払下げ反対運動にも注目する。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度において、開拓使による北海道関連事業および東北の官営鉱山に関する研究が進展した。 前者については、以下の点を明らかにしている。(1)北海道を所管する官庁であった開拓使は、漁業の奨励や海産物の加工・輸送・販売といった一連の北海道関連事業を官員自身の手で運営することに強いこだわりを持っていた。 (2)開拓使は(1)に関連して財政面でも独立性が高かったが、そのことが会計検査院から問題視され、明治14年には次年度予算や大蔵省に返納すべき金額をめぐり、開拓使は劣勢に立たされていた。 (3)以上(1)(2)が、明治14年のいわゆる「開拓使官有物払下げ事件」の背景にあった。 本年度には上記(1)~(3)の見立てを強化する実証研究が進展し、論文を『史学雑誌』に投稿した。 後者については、以下の点を明らかにしつつある。(4)工部卿佐佐木高行は官営鉱山の払下げを推進した。 (5)佐佐木は東北地方の事業経営者らと関係を構築していた。彼らの中には鉱山事業を手がけている者や希望している者がいた。 (6)それにもかかわらず、佐佐木以下工部省は長州出身の藤田組を優遇し、秋田県の小坂鉱山を藤田組に払下げた。 (7)藤田組に対する小坂鉱山の払下げに対して、地元の小坂村民が技術者大島高任と共に反対運動を展開したが叶わなかった。この反対運動は、佐佐木に「工場払下概則」改正の必要性を認識させた。 本年度は特に(5)の点について研究が進展した。今後引続き取り組む予定である。(6)(7)の点については、論文「小坂鉱山の払下げと工場払下ヶ概則の廃止」が『日本歴史』877号に掲載された。 コロナ禍が続いていたこともあり、史料収集には一定の困難が伴ったが、以上の理由によりおおむね順調に進展していると判断できる。
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Strategy for Future Research Activity |
今後(2年目)は特に、【現在までの進捗状況】(5)に記載した、鉱山をめぐる佐佐木高行と東北の事業経営者らの関係について検討を深め、佐佐木工部卿(明治14~18年)の下で推進された払下げ政策の性格をより詳細に明らかにすることに注力する。佐佐木は工部卿就任前から複数回東北巡視を行っており、東北各地で地域振興や士族授産につながる事業を行っている人々と知り合い、種々の援助を行っていた。しかし最終的に佐佐木は東北諸鉱山の払下げ対象として現地の人々ではなく長州出身の藤田組などを選んでいる。この間の事情を出来る限り明らかにしたい。 東北各地の公文書館、郷土資料館、東京都内の国立国会図書館憲政資料室、宮内公文書館、佐佐木とゆかりのある國學院大学などで史料を収集・検討する。内容は学会で報告の上、論文にまとめる予定である。 東北に集中して存在していた官営鉱山に関する佐佐木の行動とその背後にある人間関係を明らかにすることにより、佐佐木工部卿期の政策全体を貫く論理が従来よりも明確に見えてくると思われる。これをふまえて、以前から研究を行っていた同時期における工部省所管工場の民業移管について改めて史料を精査し、論文にまとめたい。
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Causes of Carryover |
主に、新型コロナウイルス感染症の影響により、旅行を伴う史料調査を延期せざるを得なかったことによる。次年度には感染状況を見極めつつ、東北各地・北海道・東京の史料館等での調査を集中的に行うため、旅費を使用する。また学会での成果報告を計画しているため、その際も旅費を使用する。
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