2011 Fiscal Year Annual Research Report
記憶の継承と可傷性の倫理――アルゼンチン人権運動への思想的アプローチ
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22520081
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Research Institution | Rikkyo University |
Principal Investigator |
林 みどり 立教大学, 文学部, 教授 (70318658)
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Keywords | 記憶 / トラウマ / ラテンアメリカ / 文化政治 / 倫理 |
Research Abstract |
当該研究は、アルゼンチンの人権運動とその戦略を分析することを通じて、1.身体の可傷性を媒介とした新たな記憶の継承可能性、2.二項対立的な歴史認識への根源的批判、3.<近代的な自律的主体によって構成される公共圏の再構築>という民主化モデルへの批判、4.親密圏の導入によるオルタナティヴなデモクラシー論の可能性、を明らかにすることを目的としている。平成23年度は、本来の計画では現地調査と分析をおこなうこととなっていた。前年度の調査過程ではっきりしてきた「五月広場の母親たち」の現政権へのコオプテーションの問題の先鋭化と、「記憶の場研究所」内における内部分裂の危機について、より掘り下げて調査ならびにインタビューをおこなうと同時に、それらの制度的ないし制度化された組織の外部で、より広い文化政治的なコンテクストにおける「記憶」のポリティクスの活発な展開(とりわけアートや文学)に関する調査をおこなう予定であった。 しかし、3月11日におきた東日本大震災の影響により、大幅な予算削減の可能性が示唆され、夏期に予定していた調査は全面的に中止を余儀なくされた。そのため、上記の調査のうち、前半についてはインターネット上での資料収集をおこない、後者については今年度はもっぱら文学作品や文学批評を分析した。また、現地の人権組織とのメールでの往復を通じて、トラウマ的衝撃という点において日本の3.11の経験と南米の経験を比較する視点の可能性を探る可能性を示唆された。この一連の研究の一部成果として、岩波書店の論文集『津波の後の第一講』に寄せた論文を発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
3月11日におきた東日本大震災の影響により支給額の削減可能性が示唆され、6月頃の段階で大幅な支出については自粛するよう大学内の担当部局より示唆されたため、夏期に計画していた現地調査が不可能になった。その結果、現地でのインタビューが全面的に不可能になったことによる。その後、支出は全面回復されたが、すでにその時点では現地調査を行う時間的余裕は残されておらず、現地調査は断念し、インターネット等による間接的な調査に頼らざるを得なくなった。しかし、一方では怪我の功名というべきか、そのために余儀なくされた文学やアートの領域における文化政治の分析から、今後の研究にとって重要ないくつかの文化表象戦略を見いだした点は大きな収穫となった。
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Strategy for Future Research Activity |
アメリカ合衆国経由で入手したEATIP(アルゼンチンの精神分析医による人権組織)の調査報告等の資料を用いて、可傷性vulnerabilityを介した暴力の記憶の継承可能性に関する資料分析を行う。またそれと関連して、旧来からの人権組織よりも自律的な批判的・批評的活動を展開しつつあるアートの分野と文学の分野における表象戦略についての分析を深める。アルゼンチンは世界的にも精神分析学の拠点のひとつであるが、それは文学や現代芸術といった文化的活動にも深く浸透している。そこから、暴力の記憶に関する記憶の継承における文化的な表象戦略における精神分析的な視点にとくに留意しつつ、EATIPのように特殊アルゼンチン的な人権活動が、なぜアルゼンチンにおいて可能であるのかについて、文化論的・思想的な側面から明らかにしていく。
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