2013 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
22520098
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
伊藤 大輔 名古屋大学, 文学研究科, 教授 (00282541)
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Project Period (FY) |
2010-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | 美術史 |
Research Abstract |
平成25年度は研究の最終年前年であることから、これまでの研究成果をまとめることを中心に活動を行った。本研究の主たるターゲットである中世の美術における先行研究は、古いものに関しては研究開始前より収集を行っていたが、近年のものに関しては手薄になっていたので、そこを中心に文献の収集に注力した。本研究は日本美術の写実性を論ずるものであるが、その重要な論点に中世の肖像画の問題が存在する。近年は特に京都・神護寺が蔵する「(伝)源頼朝像・(伝)平重盛像・(伝)藤原光能像」の像主や制作時期をめぐる議論がめざましい発展を見せるとともに複雑化しており、論点の整理が必要な時期に来ている。この点について整理を行い見通しを立てた。 さらに、周辺的な成果として、写実性が特徴とされる鎌倉時代の慶派の彫刻についても近年の議論に目を通し、鎌倉時代全体として写実的な動向が何故生まれ、何故発展したのか、絵画・彫刻というジャンルを超えた時代の動向として考察する方向に視野を広げることに努めた。 また、本研究の主軸となる似絵の本質的性格についての規定について考察を深め、端的な短い文章としてまとめを行い、今後の議論の基盤を作ることも行った。既に平成23年に拙著の中で長文の議論を行っているが、細かい留保条件等を排除して、一般にも分かりやすく定義することを目指したつもりである。 近世に関しては、円山派の画家である長澤芦雪の作品数点について実地調査を行った。本来応挙を中心に近世の写実の問題を考察するべきであるが、奇想や遊びと言われがちな芦雪作品にも意外にきまじめな要素が存在することに興味を持ち、こちらの方面から円山派における写実表現の意味が明らかに出来るのではないかと考え、調査を実施した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成25年度は先にも記したように研究最終年の前年にあたるが、中心である鎌倉時代の肖像画研究に関しては、近年の研究成果を取り入れ、まとめの作業に入りつつある。実際、平成25年度中の刊行はならなかったが、似絵や肖像画に関する議論や近年のこの分野における研究成果の概観等については文章化し発表されることが決まっている。また、似絵に関しては、これまで具体的な作品論を中心に論述してきたが、実作品からの議論が固まってきたことによって、具体的作品が存在しない似絵発生初期の事情についての考察へと研究が進展している。また、似絵は南北朝時代に終焉を迎えるが、この終焉を迎えた事情についても考察を行う予定である。すなわち、これまでの似絵研究の前後の時期の研究を深める準備が現段階で整ったと言いうる。これにより、研究最終年を迎える次年度に、似絵の発生から終焉までを体系的に論じることが可能になったと考えられる。 また、本年度は小文ではあるが、今話題のいわゆる神護寺三像(「(伝)源頼朝像」他)についての近年の議論を整理したことによって、鎌倉時代の写実性を論ずる際にはずせないこの作品についての作品論を展開する下地を作成することもできた。 一方、もう一つのねらいである近世における写実性の議論に関しては、作品調査によるデータ収集は進んでいるものの、論文化については進行が遅れている状態であることを認めざるを得ない。一番議論を行いたい渡辺崋山の「鷹見泉石像」の問題についても、構想は固まっているものの、文献・作品双方の調査が不十分な状態であり、この点については一層の努力が必要である。 以上のように、中世美術に関しては順調に研究が進展し、近世美術についてはやや遅れ気味ではあるが、十分に挽回可能であると考えるところであり、上記の達成度と評価したい。
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Strategy for Future Research Activity |
平成26年度は研究の最終年となるため、これまでの研究成果のまとめと公表を意識しつつ、最新の研究成果のとりこみと実作品の調査のさらなる実施等を進める予定である。 中世美術に関しては、現在の関心は、上述したように、似絵の発生期の問題と似絵の終焉期の問題に集中しており、この二つのテーマについて深く考察してゆきたいと考えている。似絵発生期については、特に同時期に並行して盛んに作られた行事絵に着目し、行事絵が隆盛した理由が似絵の発生の背景にあると考え、この点を深く突っ込む予定である。その際、既に平成24年に調査を行った「承安五節絵」が重要なカギとなる作品であり、当時の調査資料を援用しつつ、行事絵をめぐる諸問題を議論したい。さらに美術を支える社会的背景として院政という政体がこの時期登場したことを重視し、院政の特質と似絵登場の背景を結びつけることによって、単なる美術界内の問題として矮小化した議論するのではなく、幅広く日本文化の特質の問題へとつなげてゆきたいと考えている。 また、似絵の終焉期の問題に関しては、この時期が皇統が分裂した両統迭立の時代であったことに着目し、「天皇摂関御影」(徳川美術館)や「天子摂関御影」(宮内庁三の丸尚蔵館)等の作品が示す万世一系としての皇統という皇統観との矛盾や齟齬が似絵に対する訴求力を弱め、また似絵の活動が持明院統に限られ党派的なものに矮小化したこと、さらに対抗する大覚寺統の後醍醐天皇が独特の自己表象を開始したことによって、似絵が過去のものとして社会に埋没していったとの視点から考えをまとめてゆきたい。 近世美術に関しては、これまで注目し続けている渡辺崋山の「鷹見泉石像」について、これが前近代的な現前としての写実ではなく、再現としての写実であるという観点から議論を行いたい。 以上の議論のために必要な調査も並行して行う予定である。
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