2013 Fiscal Year Annual Research Report
水戸藩と九州諸藩を中心とした近世前期における知識人の交流と出版文化の研究
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22520200
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Research Institution | Nihon University |
Principal Investigator |
倉員 正江 (長谷川 正江) 日本大学, 生物資源科学部, 教授 (70307817)
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Project Period (FY) |
2010-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | 国文学 / 貴言為孝記 / 東照宮御遺訓 / 越後騒動 / 武経七書直解 / 磐尹流 |
Research Abstract |
本年度は水戸藩編『大日本史編纂記録(原題「往復書案」)』中に書名の上がる写本『貴言為孝記』(三巻三冊 以下『為孝記』)につき検討し、二本の論文を発表した。『為孝記』は従来ほとんど言及がない文献であるが、徳川家康の言説を編集した写本『東照宮御遺訓』(以下『御遺訓』)―仮託の部分も多いと想定―の一異本の位置付けになる。諸本調査の結果『為孝記』は三系統に分類されることが判明した。 国会図書館本等最も伝本の多いA系統は、『御遺訓』中でも特殊な岡山大学池田家文庫本(二巻附録一巻計三巻)に巻割をはじめ近似した内容を持つ。さらに複数の『御遺訓』を参照して、校合する形で本文を作成していることが判明した。特徴的なのは末尾に『御遺訓』には未掲載の、増補した二種の記事を加筆している点である。一つは福島正則改易をめぐる内容である。家康に忠誠を尽し軍功を挙げた正則ではあるが、公私ともに慈悲を欠いた暴挙が顕著で、改易はやむを得ざる処置と、その処断の妥当性を示す。もう一つは、江戸留守居訳の専横から江戸藩邸と地元家中で甚大な確執が起こり藩内で処理できず、将軍の御前公事に及んだ内容である。これは固有名詞を避けているが、特殊な事案でもあり所謂「越後騒動」を暗示していると見られる。越後騒動の実録は早くから流布しているが、実録類にはあまり見られない留守居役中根長左衛門をキーマンとして批判しているところが特徴である。B系統中之島図書館本は前述増補箇所なく、省略。 さらに特殊な本文を持つのがC系統九州大学図書館本である。これはA系統の本文は残し、美和父子と松永道斎なる人物―実在につき更に考察の要―仮託し、磐尹流なる村上水軍の一派と正保四年の黒船来航に言及する内容を持つ。近世後期の欧米船来朝と国防意識の高まりが背景にあると見られ、成立はかなり下ると推測される。附録として東京大学駒場図書館蔵「磐尹流沿革書纂」を翻刻した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
『大日本史編纂記録』に書名の上がる『貴言為孝記』といった未検討文献に、さまざまな時事的要素が盛り込まれ、『東照宮御遺訓』が禁書に指定される中でも異本が流布していたという事実が判明した。近世期における写本の政道論・治国論・海防論といった新たな課題は、今後とも日本史・思想史の他分野とも関わりつつ、発展性があるものと自負する。
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Strategy for Future Research Activity |
来年度は最終年度でもあり、従来積み残している課題の再検討に宛てる。課題名にもあるが、九州地区は今年度扱った九大本『貴言為孝記』のような興味深い未検討写本資料が多々残されている。以前版本『九州記』の絶版事情について推論したが、その典拠となった写本資料を追究する。江戸時代からの未解決事項もあり、ここで私見を述べ一石を投じる。具体的には所謂「秀吉の朝鮮出兵」記事が、何故佐賀藩重視の視点で描かれているのかを考察する。佐賀県立図書館寄託鍋島家文書等に残る資料などから、近世における情報提供・伝播の様相を具体的に示す。
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Research Products
(2 results)