2014 Fiscal Year Annual Research Report
水戸藩と九州諸藩を中心とした近世前期における知識人の交流と出版文化の研究
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22520200
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Research Institution | Nihon University |
Principal Investigator |
倉員 正江(長谷川正江) 日本大学, 生物資源科学部, 教授 (70307817)
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Project Period (FY) |
2010-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | 日本近世文学 / 文禄・慶長の役 / 九州記 / 普聞集 / 歴代鎮西志 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は佐賀県立図書館蔵鍋島家文庫の資料を中心に、元禄13年(1700)刊『九州記』巻16所収、豊臣秀吉の朝鮮出兵―文禄・慶長の役【壬辰・丁酉倭乱】―関連記事の典拠考察を行った。『九州記』は柳河藩内の臨済宗二尊寺住職春龍の執筆だが、以前拙稿にて考察したように、内容に佐賀藩偏向の傾向があり、柳河藩士の不満を惹起し京都で絶版処分となった事実がある。 『九州記』朝鮮出兵記事についても、柳河藩主となった立花宗茂が所属していた第六軍(文禄の役当時)の記述がほとんど見られず、加藤清正・鍋島直茂の第二軍中心の視点で描かれる。その典拠を探索した結果、佐賀藩士鍋島種世著『普聞集』、同犬塚盛純著『歴代鎮西志』といった写本の史書であることが判明した。特に日本軍がソウルの王城に進軍した際の壮大さと国土が荒廃した様子を、両書とも写実的かつ詠嘆的・同情的な筆致で描くが、その原拠は遡って佐賀藩内の臨済宗泰長院住職是琢明琳の従軍日記であることも判明した。是琢は捕虜となった朝鮮二王子の慰撫に努め、帰国後その功績が褒賞された。 以上の点を踏まえ、春龍と佐賀藩士との接点を考察したが、具体的な解明には至らなかった。臨済宗寺院が介在した可能性があり、こうした僧侶による情報伝達の様相は今後の課題となる。 また韓国の東北亜財団から招聘され、東アジア研究フォーラムで発表を行った。この数年朝鮮出兵記事を追究してきた蓄積を披瀝する機会を与えられたのは光栄であった。少年向け冊子『朝鮮年代記』に、朝鮮水軍を率いた李舜臣が極めて好意的に描かれている。今日ウィキペディア等で、李舜臣が近代以降“抗日の英雄”として突如脚光を浴びたかのごとき記述がなされているのは、適切とは言い難い。朝鮮出兵自体は今日に至るまで禍根を残しており、否定的に評価せざるを得ないが、文学・歴史の面からも今後は自国偏重の視点を離れた研究の可能性があることを強調した。
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Research Progress Status |
26年度が最終年度であるため、記入しない。
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Strategy for Future Research Activity |
26年度が最終年度であるため、記入しない。
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Research Products
(2 results)