2013 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
22520393
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Research Institution | Ochanomizu University |
Principal Investigator |
伊藤 さとみ お茶の水女子大学, 大学院人間文化創成科学研究科, 准教授 (60347127)
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Project Period (FY) |
2010-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | 言語学 / 意味論 / 中国語 |
Research Abstract |
平成25年度には、中国語の二つの選言接続詞“還是”と“或者”の交替する文脈について、言語コーパス(北京大学語料庫)で得られた例文の解析及び2回に渡る中国語ネイティブスピーカーへのアンケート調査を行い、この二つの接続詞の交替できる文脈としては、1)選択肢を後から追加する場合、2)疑問節を目的語に取る動詞が否定形である場合(例:“不知(~かどうか知らない)”、“没決定(~かどうか決めていない)”など)の補文、3)普遍量化子“都(すべて)“の作用域の三つがあることを明らかにした。ただし、普遍量化子の作用域内で交替する場合は、選択肢が名詞や動詞などの単純な形式ではなく、命題の形式と解釈される場合に限られる。この事実をもとに、この三つの文脈に共通する特性について考察を行い、いずれも命題集合という特性を持つことを明らかにした。1)の選択肢の追加は、命題の追加を行って命題の集合を作っており、2)の否定形動詞の補文は、疑問節であるので、疑問の答えとして予想される命題の集合である。また、3)の普遍量化子の作用域は、複数の命題を提示し、それを「すべて」でまとめている。さらに、“還是”と“或者”の意味の違いについて、前者が命題集合を作り、後者が一つの複合命題を作るという違いを仮定し、両者が交替する仕組みとして、“或者”の作る複合命題を命題集合に変換するタイプシフトを提案した。ただし、タイプシフトが誘発される理由については、今後のさらに研究する必要のある課題である。 本研究の成果は、英語の“or”が疑問文に表れる場合の多義性(「Aですか、Bですか」という選択疑問文の解釈と「AかBですか」というyes-no疑問文の解釈)に対して従来提案されてきたwh移動による説明が必ずしも有効でなく、選言表現の分析を命題集合の観点から改めて行う必要性があることを示唆している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の研究計画によると、第2年次に“or”と“and”の交換可能性、第3年次に“or”と“and”の非対称性を研究する計画であった。だが、研究を進める過程で、“or”自体が文脈によって本来的選言の意味と連言の意味を表し得ること、また“and”の意味を表す手段がどの言語においても一つにとどまらないことから、“or”と“and”の単純な交換を研究の手がかりにすることができないことが分かった。そこで、“or”の持つ本来的選言の意味と連言の意味の交替可能性と異なる文脈における非対称性を研究する方に研究の比重を移した。その点では、当初の研究計画から少しずれてはいるが、語彙的な比較の研究ではなく、意味的な比較の研究としてはおおむね順調に進んでいる。 平成25年度には、中国語における“or”即ち“還是”と“或者”という二つの接続詞のそれぞれの意味を明らかにすることで、“or”が文脈に応じて表しうる二つの意味は、それが結びつける二つの命題の関係を、単純な選言の関係ではなく、可能性を表す連言の関係として見直すことで説明できることが分かった。この点において、“or”と“and”は平行性がある。つまり、“or”は、それぞれの命題が話者の背景的知識と矛盾しないことを示しており、“and”は、それぞれの命題が現実世界と矛盾しないことを示している。この平行性と違いのため、話者の背景知識が関与しない文脈において交換可能になると思われる。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度の研究課題は三つある。一つ目は、平成25年度に引き続き、複数の選言接続詞“or”の交替現象を誘発する要因の解明、二つ目は、選言接続詞“or”を命題の集合という観点から捉えなおすこと、三つ目に、命題の集合という観点から、下方含意的文脈における選言接続詞“or”の振る舞い(ド・モルガンの法則)を説明することである。 これまでの研究により、選言接続詞“or”の意味は二種類あり、言語によってはこの区別をしたりしなかったりすることが確認された。例えば、英語には一つの“or”しかないが、これは平叙文に用いて選択平叙文を作ることも、疑問文に用いて選択疑問文を作ることもできる。そのことから、英語には潜在的に疑問素性を持つ“or”と持たない“or”があり、疑問素性を持つ“or”であれば、文全体を作用域として持つが、そうでない場合、より狭い作用域を持つ。一方、中国語やアラビア語では、形態的に二種類の“or”があり、一方は選択平叙文を作り、もう一方は選択疑問文を作る。これらの言語では、疑問素性を持たない“or”と持つ“or”が形態的に区別されており、作用域の違いもはっきりと区別される。これに対し、日本語では、そもそも“or”にあたる形態素「か」は疑問マーカー由来であり、それ自体がwh移動するのではなく、むしろ作用域を明示的に示す働きをしている。本年度は、言語に見られるこの多様性から、疑問素性の有無とは即ち答えとして予測される命題の集合として捉えなおすことができることを示す。また、疑問素性の有無によって“or”がド・モルガンの法則に従うか従わないかを説明できるのではないかと仮説を立て、その検証をする。最後に、これまでの研究の成果を論文としてまとめ、発表する。
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