Research Abstract |
奈良公園のイラクサは,葉の表面に他地域より数十倍から数百倍も高密度に刺毛を備えている.奈良公園はおよそ1200年にわたり数百頭以上のニホンジカが神鹿として保護されてきた歴史があり,イラクサの葉のこの極度に高い刺毛密度はシカに対する防御として自然淘汰によって進化した形質である,と仮定できる.今年度は奈良公園のイラクサ集団における刺毛以外の形質的特徴を明らかにすることを目的として,奈良公園と,シカの分布が確認されていない高取城址から採取したイラクサの芽生えをビニールハウスで栽培し,形態と開花フェノロジーを比較した.その結果,奈良公園のイラクサ集団の形質的特徴として,(1)草丈が低い,(2)根元から伸びる茎数のほか分枝数も多く,それだけ葉数も多い,(3)初期に展開する葉の面積が小さい,(4)花が咲き始めると,それ以降に展開する葉は小さくなり,同時に刺毛数も減る,(5)総乾燥重量に違いはないが,繁殖器官への分配率が高い,(6)花序当たりの果実数に違いはないが,花序が長い,(7)開花が1箇月ほど早く,花期も長い,ことがわかった.これらの結果をまとめると,(1)花期になると葉が小さくなり,刺毛が減少することから,繁殖投資と刺毛の間には間接的にトレードオフの関係がある,(2)奈良公園のイラクサ集団は茎数と分枝数を増やすことによって,個体全体の葉数を増やし,繁殖器官に対する投資を増やしている,(3)奈良公園のイラクサ集団は,シカの採餌による繁殖機会の逸失を防ぐために,開花期を早め,成長しつつ繁殖に投資している,ことが示唆された
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