2022 Fiscal Year Research-status Report
人格概念の導入と定着:グリーン徳倫理学を核とした思想地図
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22K00013
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Research Institution | Hiroshima University |
Principal Investigator |
後藤 弘志 広島大学, 人間社会科学研究科(文), 教授 (90351931)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | 人格 / 徳倫理学 / 西周 / 津田真道 |
Outline of Annual Research Achievements |
当該年度においては、西周助訳『畢洒林氏万国公法』(1866年成立、1868年出版)や、西周助『百学連環』(1870年)、『百一新論』(1874年)、津田真道訳『泰西国法論』(1866年成立、1868年出版)等の中から、rightとobligationに「権」か「義」かではなく、その両方に「権」「義」「分」という訳語が当てられている事例を抽出し、それについての既存の様々な解釈を比較検討した。その結果、西洋におけるrightとobligation概念と東洋における「義」「分」に共通する自然法的次元をこれらの訳語に反映させたという既存の解釈の正当性を、蘭学および英学の系譜を辿ることを通して確認ですることができた。 しかしその一方で、西周が権利・義務概念の相互基礎づけとすり替えによる両概念の疑似身分制的・関係主義的取り込みを行ったとする既存の解釈が、かならずしも妥当しないことを明らかにした。すなわち、西周が依拠したフィッセリングの自然法学が、それがホッブズ的な敵対的原子論ではなく、人間が社会的関係への自然的本性を有するとするグロチウス的なそれであるという相違はあるとしても、関係主義とは対立する原子論を基本とするものであること、したがって西は西洋のrightとobligation概念が東洋の「義」とは異なる概念であることを正確に理解していたこと、それゆえグロチウス的な傾斜を持つフィッセリング自然法学の影響下にあった時期の西が、権利義務概念を人間関係に定位して説明している箇所も、【関係依存的】か【関係規定的】かという対立図式を用いれば、後者の意味で関係的と解釈できること、さらには、西が前者の意味で関係主義的な権利義務概念の理解へと転換したのは、むしろフィッセリング自然法学の影響を脱して、功利主義・歴史主義的転回を経た後であることを示した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究は、日本近代初頭における受容の歴史を、①明治20年代における訳語の確立まで、②明治30年代から大正期における国民道徳論と教養主義との対立、③戦時期昭和における国体論、教養主義、マルクス主義との対立という三つの時期に分け、《近代的個人および国民の形成》という新たな時代の要請と、受け皿としての《徳倫理学的土壌》という二つの観点を横軸としながら、とくに第二期と第三期に焦点を当てて再構成することを目的とする。このうち、当該年度において公表段階にまで至ったのは、第二期の前提となる第一期における受容史を、「役割」を語源とするPerson概念の内実としての権利・義務についての関係主義的解釈をめぐる研究である。 この遅延の理由は二つある。 (1)当該研究期間開始前に計画していたが、新型コロナ感染症の影響のためにかさんだ学内業務に圧迫されて編集が遅れていたミヒャエル・クヴァンテ著、後藤弘志編、桐原隆弘・硲智樹・岡本慎平他訳『人間の人格性と社会的コミットメント』(リベルタス出版、2023年2月15日刊行)の出版の準備を優先せざるを得なかったこと。 (2)Person概念の内実としての権利・義務について、同概念の翻訳導入の二つのルートである中国における漢訳洋書第三期と日本における蘭学および英学の系譜に目配りしつつ行った調査が、当初の想定以上に手間取ったこと。
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Strategy for Future Research Activity |
令和4年度においては、上記の時代区分の第二期に当たる明治30年代後半から大正期の代表的人格論者である朝永三十郎、紀平正美、阿部次郎、渡邉徹のうち、すでに研究期間前に一定の成果を公表している朝永三十郎を除いて、紀平正美、阿部次郎の思想を、さらに令和5年度においては、渡邉徹の思想を、彼らが依拠したヘーゲル、リップス、ロッツェ、J. S. ミル、シュテルンらとの異同を踏まえながら、【原子論⇔関係主義】という同じ尺度の上で正方向あるいは逆方向に読み替えられた可能性も考慮して、各人格論を以下の順により詳細に特徴づけ、さらには第三期の西晋一郎と河合栄次郎の思想にまで同じ手法を適用して、第一期の思想特徴との異同も勘案しながら、【原子論⇔関係主義】という尺度の上に位置づけることを計画していた。 しかし、朝永を除く第二期の人格論者についての検討が未着手である現状から、まずは令和4年度に着手した紀平について、『人格の力:修養の方法』(同文館、1906)、『哲学概論』(岩波書店、1916)、『自我論』(大同館書店、1916、大正5)、および、『人格の力:修養の方法』が絶版となり、姉妹編『自我論』の出版を契機に読者からの要望で再販に至った『改訂 人格の力』(大同館書店、1917)を中心に時系列的に比較検討する。それと並行して、紀平の『自我論』の前年に刊行され、紀平自身が座右の好参考書と位置付けて、それと区別するために自著を『自我論』と題することになった渡邉徹著『人格論』(精美堂発行)についても検討することによって研究を加速させ、第三期の思想家の検討への足掛かりを築くこととしたい。
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Research Products
(2 results)