2022 Fiscal Year Research-status Report
「道徳性」概念の回復を目途とした、「実践」概念の再検討
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22K00042
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
御子柴 善之 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (20339625)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2026-03-31
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Keywords | 実践 / カント / 倫理学 / 道徳性 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の2022年度における主要な実績は、研究組織の形成、一冊の倫理学書の翻訳刊行、2回の研究会実施に代表される。第一に、大学院生4名をリサーチアシスタントとして雇用し、研究組織を形成した。なお、うち1名は学内の研究費に基づく雇用である。これらのアシスタントとともに、「実践」哲学研究会を組織した。第二に、研究代表者が、今回の研究の中心に位置する、イマヌエル・カントの『道徳形而上学の基礎づけ』(1785年)を人文書院より翻訳刊行した。これは数年前から継続してきた作業に基づくものだが、2022年度に最終的な作業を行い、無事に刊行することができた。なお、翻訳に関連して、本研究の最終段階で必要になる環境倫理学の研究書(ドイツ語)の翻訳を開始することもできた。第三に、2022年7月26日に第1回「実践」哲学研究会を開催した。発表者と発表題目は以下のとおりである。道下拓哉「哲学的反省の実践-カントの場合」、渡辺浩太「実践理性と自律-現代哲学における考察」、逢坂暁乃「第三帝国における哲学者の実践-ボンヘッファーの場合」。続いて、2023年2月28日に第2回「実践」哲学研究会を開催した。発表者と発表題目は以下のとおりである。渡辺浩太「スポーツ倫理における『実践』」、逢坂暁乃「第三帝国期における哲学者の実践-K.バルトの場合」、中村涼「カントにおける実践的判断の問題」。いずれの研究も、哲学・倫理学における「実践」概念を検討するものであり、当該概念の多面性を明らかにすることに寄与するものだった。ここで「実践」とは「理論」と対比されるものであり、非理想的状況における行為遂行のことを指している。今年度の研究によって、「実践」を理解するには、たんに「理論」と対比するのでなく、20世紀後半から語られるようになった「実践」を支える行為ネットワークに注目することが必要である、ということが明らかになった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究の2022年度における進捗状況は、たいへん良好であると言うことができる。まずは、研究組織を形成し、その研究会を2回開催できたことが有意義である。 次に、カントの『道徳形而上学の基礎づけ』の新訳を刊行できたことも有意義である。後者の著作は、本研究が探求する「道徳性」概念と不可分にかかわっている。同書は、道徳性の最上原理を探究し確立するために書かれているからである。同書の新訳を作成することで、カントが同書で使用しているSittengesetz とdas moralische Gesetzという表現が、従来はいずれも「道徳法則」と訳されてきたにもかかわらず、実は、別の概念であることが明らかになった。前者は、行為共同体で普遍的に遵守すべきものとして通用している道徳規範であり、後者は、その中でも、同書で提示される定言命法によって「道徳的」であるという評価を得ることができる道徳規範のことなのである。同様に、今回の翻訳作業は、カント倫理学にさまざまな新しい視覚をもたらすものとなった。 さらに、本研究の最終段階で、「実践」概念を環境倫理学に適用することになるが、その準備段階としてドイツの環境倫理学書の翻訳作業に着手できたことも有意義である。同書は、世代間倫理(あるいは、未来世代に対する倫理)にかんする書籍として、すでにドイツでは定評を得たものである。今年度は、刊行を引き受ける出版社を見つけ、翻訳権を取得し、原著者と連絡をとれる態勢を整えた。さらに、リサーチアシスタントを中心に、研究代表者の研究室で博士学位を取得した若手研究者も交えて、翻訳作業を開始した。当該作業は思いのほか順調に進行している。すでに第一段階の翻訳としては、ほぼ全体を訳し終わっている。2024年度の刊行を目ざして、この作業を継続し、完成度の高い訳書として一般読者に提供する予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究は、今後の推進方針として三つの柱を吸えている。第一に、2023年度もリサーチアシスタントを3名(必要な場合、秋学期からさらに1名)を雇用し、研究組織を形成・維持する。また、リサーチアシスタントを中心に、同年度以降も毎年2回、「実践」哲学研究会を開催し、「実践」概念や「道徳性」概念を彫琢していく。 第二に、2023年度には、研究代表者がカントの著作『実践理性批判』の理解を深める。そのために同書を解説する単行本を準備する。この執筆はすでに2022年度から行っているが、今年度の前半でその作業をひと段落に導く。これは「実践理性」と「純粋理性の実践的使用」とを批判的に分ける視点を確定することによって、「実践」概念の彫琢に重要な意義をもつ作業となる。さらに、今年度の後半から同書の翻訳・刊行を目ざした作業を開始する。この訳書を刊行する出版社はすでに決まっている。この新訳は、従来、研究の手薄だった同書を研究者にとって不可欠なものにすると同時に、一般読者の理解を促進するものになるはずである。 第三に、2022年度に開始した、ドイツの環境倫理学書の翻訳作業を継続する。すでに下訳とも言うべき訳文はほぼ出来上がっているが、それをさらに磨いて、刊行に値するものに高める。この訳書は、環境倫理において、未来世代に向けた「実践」の議論が滞っている状況を打破し、活発な議論を喚起するものになるはずである。 加えて、今年度は、COVID-19によって中断されていた、ドイツ人研究者との研究交流を復活させる。そのために、9月11日に研究発表をゲーテ大学(フランクフルト)で行う予定である。さらには、すでに2024年にもボン大学で研究発表を行うことが予定されている。
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Causes of Carryover |
2022年度、海外(ドイツ)での研究滞在を予定していたが、COVID-19の収束が遅れ、それができなかったため。2023年度には、それを実行できる。2023年度と2024年度には、ドイツ連邦共和国における研究発表がすでに予定されている。
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