2022 Fiscal Year Research-status Report
ソ連における集合住宅の変遷とそのメディア上の表象の分析
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22K00125
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Research Institution | Okayama University |
Principal Investigator |
本田 晃子 岡山大学, 社会文化科学学域, 准教授 (90633496)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2027-03-31
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Keywords | 住宅論 / 住宅表象 / 住宅政策 / ソ連映画 / 団地 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、ソ連時代のロシアを中心に、映画などの大衆向けメディアにおいて住宅という空間がどのように表象されてきたのか、またそのイメージがどのようなイデオロギー的意味・役割を担っていたのかを明らかにすることである。 十月革命直後から1920年代のロシアでは、フリードリヒ・エンゲルスの住宅論からの影響や、家父長的な家族制度に対する批判から、家族単位の住宅は否定されるべきものとみなされていた。その結果、帝政時代から続く住宅難も相まって、革命後のロシアの都市部では、大多数の住民はバラックや「コムナルカ(коммунарка)」と呼ばれる集合住宅で、共同生活を送っていた。コムナルカとは、貴族やブルジョワなどの邸宅を政府が接収し、その内部を小部屋に区切って、都市近郊に住む労働者に分配したものである。ボリシェヴィキは、1917年から1918年にかけてこのような強制的な住宅の再分配を行い、住宅難の克服と家族の解体という二つの目的を同時に達成したと主張した。同時期のソ連映画も、コムナルカやドム・コムーナと呼ばれる共同住宅を描いている。しかし、なぜかその数は決して多いとは言えない。 令和4年度の研究では、コムナルカでの生活を詳細に描いたいわば例外的な映画作品である、アブラム・ローム『第三メシチャンスカヤ通り』(1927年)を中心に、コムナルカという空間が映画内でどのように位置づけられ、さらにそこに当時の家族廃絶論や性愛観がどのように反映されていたのかを分析した。それを通して、なぜそもそもコムナルカやそこでの共同生活が同時代の映画のテーマにされにくかったのかを論じた。これらの議論の成果は、表象文化論学会およびThe 11th East Asian Conference on Slavic Eurasian Studiesなどにおいて報告した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2022年2月に開始されたロシア軍によるウクライナ侵攻のため、モスクワへの渡航調査は不可能となったが、当該年度中に関しては、国内外の大学・図書館等に所蔵されている文献を取り寄せることによって、必要な資料を確保することができた。また実際にソ連時代に建設された住宅や団地等を訪問・調査する代わりに、当時の住宅誌や建築雑誌、映像資料、映画等における住宅言説・住宅表象の分析に重点を移すことで、研究を継続することができている。 成果発表についても、当初の予定通り国内外の所属学会での報告を行うことができた(これらの学会で報告したコムナルカ論に関しては、現在専門誌への投稿を準備している)。加えて2023年3月には、東ドイツやポーランド、日本映画を専門とする研究者と合同で、映画内における団地表象を比較考察するオンライン・シンポジウムを開催した。さらに同月には、ドイツよりソ連映画研究の泰斗であるオクサーナ・ブルガーコワ氏を京都大学に招き、ソ連映画における住宅表象についてのセミナーも開催した。このように当該年度中は、国内外のさまざまな研究者と連携・交流し、充実した意見交換を行うことができた。 以上により、ウクライナでの戦争の勃発という大きなインシデントはあったものの、総体として本研究はおおむね順調に進行している。
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Strategy for Future Research Activity |
令和5年度以降は、引き続きソ連後期の映画を中心に、住宅の表象分析を進めていく予定である。 1950年代以降、ソ連では指導者の名前を冠した「フルシチョーフカ(хрущевка)」と呼ばれる鉄筋コンクリート造の積層型集合住宅、日本で言うところの「団地」が住宅のスタンダードとなっていった。そしてこのフルシチョーフカでは、1920年代のコムナルカやドム・コムーナとは対照的に、親子からなる核家族が主たる住人として想定されていた。 したがって、まずはこのようなソ連における住宅政策・家族観の劇的な転換と、ソ連型団地の開発の相関関係を、当時の建築言説から読み解いていく。そのうえで、フルシチョーフカという家族単位の住宅の正当化が映画というメディアを通してどのように行われたのかを、具体的な作品の分析から明らかにする。 またその一方で、家族関係にない人びとの共同生活を前提とするコムナルカが、1950年代以降の住宅政策の中でどのように位置づけられることになったのか、さらには映画などのマスメディアにおいてコムナルカの空間や住形式はどのように描写され、どのような意味を担うようになったのかについても論じていく。 令和5年度もロシアへの渡航は困難であると考えらえるため、今後も北海道大学スラブ・ユーラシア研究センターはじめ国内外の大学・図書館等に所蔵されている資料の利用を予定しているが、状況によってはカザフスタンなど旧ソ連圏の地域に渡航し資料の収集を行うことも検討している。 研究成果の発表に関しては、今後も国内外の学会で報告を定期的に行うほか、他地域の映画研究者・住宅史研究者との連携を一層拡充させ、団地表象の国際比較分析を行うシンポジウムも継続していきたいと考える。また令和5年度中には、これまで執筆した1920年代から2000年代までのソ連・ロシア住宅に関する論考を単著として刊行する予定である。
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Causes of Carryover |
購入を予定していた書籍が当初より値上がりしたために差額が生じた。282円と少額なので、次年度予算より補填する予定である。
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Research Products
(4 results)