2023 Fiscal Year Research-status Report
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22K00256
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Research Institution | Tama Art University |
Principal Investigator |
菊地 武彦 多摩美術大学, 美術学部, 教授 (20407779)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | ポリビニールアルコール / PVAL / 日本画 / メジウム / 膠 |
Outline of Annual Research Achievements |
日本画で絵の具を接着するために使用される膠は近年生産が不安定である。古来の製法で三千本膠を製造する唯一の工場は2010年に廃業してしまった。しかし膠に替わる新しいメジウムの開発は進んでいない。それは画材業界の規模の小ささと膠の特殊性、つまりお湯に溶けて水に溶けないという性質が他のメジウムにはなかったからである。また、膠は溶解後の保存期間が短いため腐敗の心配や冬場の温度低下による固体化の問題も付きまとう。さらに牛や豚の皮を煮て作る膠の製造過程は生産者にとって過酷である。 そこでこれらの問題を解決するために膠に替わるメジウムとして、ポリビニールアルコール(以下PVAL)製品に注目した。PVALは、昭和20~40年代に文化財の修復現場で使用されてきたが、経年変化による劣化でその後使用されなくなった。しかし近年この材料に「融解温度の変化」という画期的な(付加)機能が加わり、剥離防止の修復の用途ではない新しい用途として日本画の膠に替わる機能を検証し、新たなメジウムとしての可能性を探る。本研究では安価で大量に生産されている機能性PVAL製品をメジウムに転用し、実際に絵画制作をして発表を行い、新たな材料による日本画の表現拡大と国際化(自由化)の一躍となる手段の確立を目指す。 表現の拡大の点では、今までの膠を使用していたのでは、極端な厚塗りや粒子の粗い岩絵の具の定着は不可能であった。この研究では伝統を重んじながらも表現の幅を広げ、現代美術としての日本画を実現するための一助としたい。そのために日本画の技術を使用しながら自由に扱うことのできるメジウムの研究は不可欠である。 また技法において、職人的な技術の習得に長年要するような複雑さを排して、誰もがチャレンジできるような簡便さを獲得することも目指した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
岩絵の具を使用して以下のような実験をおこなった。まず耐久性検査である。膠、アートグルー、機能性PVAL製品による溶液2種類を使用し、岩絵の具を麻紙に塗布し、そのまま2年間窓越しに直射日光にさらし経年変化を観察した。その結果、膠、アートグルー、機能性PVAL製品ともに大きなトラブルは見られず、どれも実用に耐えるものであることがうかがわれた。 次に色調検査である。膠は半透明の薄茶色、アートグルーは乳白色、機能性PVAL製品は透明である。このことから白色に近い岩絵の具を使用する場合、膠ではその影響が現れる可能性がある。実際、メジウムを多量に使用するといわゆる「膠でり」が現れることがある。膠と岩絵の具が分離して膠の色が出てしまう現象だ。また場合によってはメジウムの「濡れ色」が乾いてからも残ってしまうことがある。合成岩絵の具の赤を使用して各メジウムの色の違いを観察した。その結果、膠を中心に考えるならば、機能性PVALは膠の色彩に近く、アートグルーは少し濡れ色がかっている。この結果からアートグルーでは濃い色の場合つやが出て岩絵の具本来の色彩とは違ったものになる可能性が指摘できる。 再溶解性検査も行っている。各種のメジウムを使用して岩絵の具を麻紙に塗布した後、15℃から90℃くらいの温度の水を筆に付けてサンプルの画面を強めに擦った。しかし問題も多く発生し、違った形でもう一度やり直さなければならないと感じている。ケン化率の違うほかの機能性PVAL製品も使用して膠に近い性質のものを探す予定もある。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の予定は再溶解性試験の再実験を行う。次に最初になるべく膠との使用感の差をなくすために、研究したPVAL製品よりも膠に近い性質を持つものを探しだす。それらを元に 使用感の調査を行う。機能性PVAL製品を10%濃度で液状にし、それを配布して実際の日本画に使用していただくことで、アンケート調査をおこなっている途中である。この調査に関してはまだ協力者と話しながら使用方法の検討を重ねているが、自分の作品での使用感は良い。膠よりも透明で、白色系の絵画に対してより白が際立つものと思われる。また膠よりも少しとろみのある液性はアートグルーと似ており、高濃度で使用した場合筆のタッチを残すことができる。これは膠にない特性である。3%の濃度くらいまで薄めることができるので、さらさらした絵の具の使い方から盛り上げる使い方まで様々な技法に対応できると考えられる。 これらの研究を2024年度中に冊子にまとめる予定である。内容はPVAL製品を使用した作品の画像掲載、その使用感などの感想掲載、PVAL製品に対しての自由な意見などを掲載予定である。 またPVAL製品を膠として使用した作品の展示を、2024年10月に行い、鑑賞者や制作者から意見を伺う予定である。
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Causes of Carryover |
購入予定の物品(キャリブレーション付きモニター)について、仕様等の確認があり2024年度に繰り越したため。
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