2023 Fiscal Year Research-status Report
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22K00352
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Research Institution | Chubu University |
Principal Investigator |
岡本 聡 中部大学, 人文学部, 教授 (90280081)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
末田 智樹 中部大学, 人文学部, 教授 (80387638)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2026-03-31
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Keywords | 伊勢商人 / おくのほそ道 / 橘守部 / 長谷川治郎兵衛家 / 乾九兵衛家 / 川喜田久太夫家 / 長井嘉左衛門家 / 小津清左衛門家 |
Outline of Annual Research Achievements |
昨年度の研究成果としては、研究代表者の岡本聡は、昨年度は芭蕉の『おくのほそ道』の新出写本を日本近世文学会春季大会で口頭発表をした。また『新修朝日町史 資料編3 橘守部』(2024年3月)を上梓した。ここでは、伊勢国出身の国学者橘守部の未刊行の資料を集成したものである。橘守部のパトロン吉田秋主に宛てたものを中心とした605通の書簡を翻刻紹介した。吉田秋主は、桐生の絹織物問屋であり、守部は天保期の江戸の情報や、書籍購入に関する情報などをこまめに吉田秋主に送っている。その情報の中には、一時守部の側にいた佐藤方定に関する情報もあった。これについては、本年度の鈴屋学会で「橘守部と佐藤方定」というテーマで発表した(2024年4月)。また、本年度は松阪市の長谷川家、乾家の資料について調査した。木綿問屋長谷川家の『聞くままの記』や、煙草問屋乾家の『よし野日記』『常陸日記』『真間の道の記』などの紀行の他、『後五十槻園大人六十賀宴会式並献立』『五槻園大人判十番歌合』など歌合や六十賀などの写本が蔵されている事を見いだした。「清舎(すがのや)真文」という号のある人物が乾家にいて、年代的に考えると、乾家の極盛期を築いた七代目の九兵衛富敬であろう事が判明した。研究分担者の末田智樹は、「幕末維新期御用金調達に関わる伊勢商人小津清左衛門家の一齣」『中部大学人文学部研究論集』第50号(2023年7月)や「慶応四年会計基立金布達における伊勢商人の応対」『同研究論集』第51号(2024年1月)、「幕末維新期新政府の財政資金調達と伊勢商人」社会経済史学会中国四国部会『会報』第63号(2024年3月)を発表して、川喜田久太夫家、長井嘉左衛門家をはじめ、長谷川治郎兵衛家や小津清左衛門家、三井八郎右衛門家、田中治郎左衛門家あるいは乾九兵衛家などの調査を着々に進め、伊勢商人に関する経済活動を徐々に明らかにしつつある。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
石水博物館の典籍調査に関しては、おおむね版本の類を確認した。一応全体の目録の目処はついたものの、写本の年代確認作業が遅れている。今回の科学研究費は、その主旨からいっても、版本のみを報告書の形で、まずは報告し、後で更に写本の再調査を行った上で、最終的な目録の形にするという事も考えられる。昨年度、国文学研究資料館のデジタル部門で、撮影などが入り、順次デジタル公開はされる予定である。ただし、現在の形では、さまざまな人の手が関わった書肆データが存在する為に、写本に関しては再調査して、年代確認をしていかなければならない。 伊勢商人の蔵書形成という意味では、例えば平戸松浦家の捕鯨に関する資料の版下がなぜ石水博物館にあるかなどという問題や、乾家の埋もれていた資料の中に、最盛期の七代目の九兵衛富敬が「清舎(すがのや)」と名乗っている資料を発見したりと、広がりを持ちつつある。また、歴史資料の方では、研究分担者の末田智樹が、伊勢商人の経済活動についての調査を進めている。この経済活動を明らかにする事は重要な事である。お金がある時に文化は育まれるからである。例えば乾家の場合で言えば、七代目最盛期の富敬の代には、「清舎」はさまざまな文化活動をあらわす著作を残しているが、その後経済的に没落してしまうと、文化活動も停滞してしまうというように、経済活動と文化活動とは車の両輪のような関係にある。それを考えると江戸時代に没落してしまった伊勢商人の大黒屋も、江戸末期に没落する直前の代では、最善本の『萬葉集』を手に入れ、その直後に没落してしまうという事も経済活動あっての文化活動だという事が窺える。そういう意味では、伊勢商人の蔵書形成を研究する本科学研究費には、経済活動の側面を見ていく作業が必須である。そちらに関しては今の所順調に進んでいるものと考えられる。
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Strategy for Future Research Activity |
昨年度見いだした乾家の一連の資料について、今後翻刻紹介していきたいと考えている。また、長谷川家の『聞くままの記』についても、適宜検討し、伊勢商人の大店長谷川家が、どのような書籍から影響を受け、この『聞くままの記』を作ったかについても検討していきたい。また、鈴屋学会で発表した佐藤方定は、日本最古の医書である『大同類聚方』を偽書とした人物であり、後に水戸家の医者となり、水戸家の関係で、北海道に渡った人物である。伊勢商人川喜田家の蔵書を中心とした石水博物館には松浦武四郎に関する資料が多く所蔵される。松浦武四郎もまた、幕府ではなく水戸家との関係のもとに北海道に渡っており、この佐藤方定の北海道行きと関わりがあるかどうかは今後調査していきたい。また、石水博物館には、『勇魚取絵詞』の写本が存在する。捕鯨ならびに解体の処理の実況を絵と文で再現した『勇魚取絵詞』には肥前国平戸藩生月島益冨組の捕鯨業を中心に描かれている。橘守部の門人となった平戸藩の松浦熈は、守部に鯨を贈っており、その事が書簡の中にも多く見いだされる。この『勇魚取絵詞』の著者は不詳であるが、小山田与清の跋文が付されている。これについては、鈴屋学会で佐藤方定について口頭発表した折、小山田与清の弟子で、水戸家に関わっていた西野宣明『松う(ウ冠に禹)日記』(ゆまに書房)の存在を校訂者である梅田径氏よりご教示いただいた。今後は、佐藤方定や『勇魚取絵詞』、あるいは松浦武四郎の事が、この『松う(ウ冠に禹)日記』に記載されていないかを検討していく必要があると考えている。『勇魚取絵詞』については、研究分担者の末田智樹は石水博物館の中に『勇魚取絵詞』の版下と考えられるものの存在を見いだしている。これについては、最終年度の報告書のなかでまとめる予定で進めている。
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Causes of Carryover |
研究代表者が『新修朝日町史 資料編3 橘守部』(2024年3月)を上梓する為にかかりきりになってしまい、石水博物館をはじめ、さまざまな箇所に出向いての調査が出来なかった。その為に旅費や人件費を使う事が出来ず、次年度使用額が生じた。本年度は、それも終わってしまっている為、科学研究費の方に取り組める時間が多くなるものと考えている。次年度からは、伊勢商人川喜田家の蔵書を中心とした石水博物館の目録を作成していかなければならない。その為人件費を使って、今までのデータベースから、分類を施した書冊体の目録を作成していく為に使用する。
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