2022 Fiscal Year Research-status Report
ポストヒューマン文学における異種混淆とデモクラシー―アクターネットワークの生成
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22K00378
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
渡辺 克昭 大阪大学, 大学院人文学研究科(外国学専攻、日本学専攻), 教授 (10182908)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2027-03-31
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Keywords | アクターネットワーク / ウィル・ワイルズ / 『ウェイ・イン』 / ポストヒューマン / 異種混淆 / ホテル / ジャンクスペース / 生成変化 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度の研究成果の一端は、論文「躍動する無限「ホテル」の闇の奥―『ウェイ・イン』におけるアクターネットワークの生成と変化」『英米研究』第47号(大阪大学英米学会、2023年2月28日発行、pp. 1-19.)として発表された。本論文は、アクターネットワーク理論(ANT)を援用しつつ、ウィル・ワイルズの『ウェイ・イン』(2014)において人間とモノが織りなす錯綜した連関を分析することにより、多様なアクターたちが、共生関係において異種混淆体としていかに変容を遂げ、生成変化していくか、その動態を明らかにしようとしたものである。ホテルというトポスを複数のアクターが相互に作用する場として捉え、主人公と表題のホテル・チェインが、多様なエイジェントたちを巻き込みつつ、互いの連関を組み直すことによって、自らの歴史にいかに向き合っていくか、躍動する「ウェイ・イン」の闇の奥を探った。 ブルーノ・ラトゥールらによって提起されたANTが焦点化するのは、「媒介項」を介してテクノロジーと人間が結びついて生み出される人間と非-人間の異種混淆的な様態である。この理論では、モノもアクターとして人間と対等な関係を切り結ぶ一方で、人間もまたそのような連関によって生み出される一つの効果として措定される。その結果、人間ならざる存在もまた行為者として、人間を含む他の行為者と性質を交わらせ、日々ネットワークを更新していく。 『ウェイ・イン』においてワイルズは、歴史の欠如したジャンクスペースを逆手に取り、フラクタルに秘められた記憶の襞を押し開くことにより、アクターの共進化的な関係を鮮やかに炙り出している。レム・コールハースの言う「ジャンクスペース」は、まさにこの文脈において人間とモノとが織りなすアソシエーションから逆照射され、来るべき未来に開かれたハイブリッドなホテルの生態系が、失われた記憶の辺土より掘り起こされている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
人間と非-人間の境界が限りなく交差することにより、生命と物質のインターフェイスにてポストヒューマン的現実が確実に日常に浸透しつつある現在、英語文学においても身体という物質的な基盤を備えた人間をテクノロジーやマテリアルと同じ目線で捉え、異種混淆的なエイジェントの生成変化に焦点を当てたテクストが近年少なからず産出されつつある。このように人間と非-人間のアクターの結びつきが活性化するにつれ、二重のエイジェンシーを内包する異種混淆の集合体(ハイブリッド・コレクテイヴ)のありようが、ポストヒューマン文学・文化研究の新たに魅力的な分析対象として立ち上がってきた。これまでANTの事例研究として、フィクションが俎上に載せられることはほとんどなかったが、物語における異種混淆的なエイジェンシーを抽出し、人と非-人間が織りなす錯綜したメッシュをダイナミックに描出することにより、新たな読みの地平が開けてくる。まさにそのような視座より『ウェイ・イン』を分析してみることは、従来のホテル文学の批評の枠組みを脱構築するという点においても意義があろう。
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Strategy for Future Research Activity |
21 世紀に入り、人新世という文脈において、ポストヒューマニズムという概念も様々な角度から根源的な見直しを迫られてきた。人間の生命が物質によって構築されている以上、人間の能力は無限に拡張できるというトランスヒューマン的思考の枠組みは再考を迫られ、人間中心主義やデカルト的二元論への批判、持続可能な人間と非-人間の連帯や協働の重視へとパラダイム転換が起こった。ポストヒューマン文学・文化研究は端緒に就いたばかりであるが、そうした人間と非-人間が紡ぎ出す多様なインターフェイスやネットワークに照準を定め、デジタル/バイオ・テクノロジーによって変容を迫られる来たるべきデモクラシーのありようを複眼的に追究することは喫緊の課題となりつつある。 今後とも進捗状況を的確に把握し、研究が当初計画通りに進まないときの対応としては、分析対象とする作家、メディアをさらに絞り込むなど、計画全体の整合性が損なわれないよう、適宜柔軟に組み替えを行い、研究期間中に一定の成果が得られるよう調整をはかりたい。
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Causes of Carryover |
予算執行にあたり、調整の結果、290円の残額が生じたが、次年度に物品費として使用する予定である。
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