2022 Fiscal Year Research-status Report
共同注意場面におけるやりとりと指示詞体系に関する対照言語学的研究
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22K00546
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
平田 未季 北海道大学, 高等教育推進機構, 准教授 (50734919)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | 指示詞 / 共同注意 / 視覚的注意 / 中国語 / ブラジルポルトガル語 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、これまで指示詞研究において脇に置かれてきた指示詞の体系性に焦点を当て、「なぜ指示詞は言語普遍的に複数の代替形と統語範疇を持つのか」という問いについて考察する。具体的には、指示詞使用のプロトタイプ的な場面である共同注意場面を、日本語・ブラジルポルトガル語・中国語・英語の4言語にわたって詳細に分析する。この分析を通して、共同注意場面およびそれと言語的談話の接点を丁寧に分析することで「なぜ物理的な存在を間主観化し談話に持ち込む際にこのような体系が必要となるのか」を明らかにすることを試みる。 分析対象は、会話参加者が周囲の環境内の事物に視覚的共同注意の焦点を当てる場面である。申請者は、本研究以前に、日本語自然会話の分析に基づき(i) 共同注意確立のためのやりとりは会話においてSide Activity (SA) に過ぎないこと、(ii) 会話の参加者は意図する対象に向けられる相手の注意状態を推定しながら、対象について与える情報量を調整していること、(iii) 情報量の調整のため、指示詞が切り替えられていることを明らかにした。「指示詞の切り替え」は、意図する対象に向けて相手の注意を効率的に誘導するだけでなく、やりとりが今どの局面にあるかを互いに明示する役割を果たしている。 本研究では、日本語のみならず、日本語と語族・言語構造が異なるブラジルポルトガル語・中国語・英語でも、実際の共同注意場面において日本語と同様の「指示詞の切り替え」が生じていることを明らかにした。同時に、各言語の指示詞体系における相違点が、共同注意場面の参加者の行動の異なりにつながっていることも分かった。例えば、様態の指示副詞を有する日本語と中国語では「注意の調整」段階で細かな指さしの動きがみられたが、様態の指示副詞を持たないブラジルポルトガル語・英語では、意図する対象をより言語的に描写する様子が見られた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
事前の計画では、2022年度は、これまで収集できていなかった英語会話データを収集し、4言語の共同注意場面の詳細な比較分析を行うことで、各言語の「指示詞の切り替え」における共通点、相違点を明らかにする予定であった。 この計画通り、これまで収集できていなかった英語の共同注意場面データを収集し、さらに英語母語話者の分析協力者を得ることができた。現在、これまでの日本語・ブラジルポルトガル語・中国語の分析から明らかになった、共同注意場面における指示行動に影響を与える指示詞体系の相違点(「今後の研究の推進方策」にて言及)に注目し、英語の共同注意場面を分析している。現在まだ分析の中途であり、成果発表に至っていないため、進捗状況を「おおむね順調に進展している」とした。
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Strategy for Future Research Activity |
上述の通り、本研究では、実際の共同注意場面の分析をもとに、日本語と語族・言語構造が異なるブラジルポルトガル語・中国語・英語でも、実際の共同注意場面において日本語と同様の「指示詞の切り替え」が生じていることを明らかにし、その指示詞の選択にも日本語と同様の傾向があることを明らかにした。一方で、各言語の指示詞体系の相違点によって、。指示詞を含む発話や、やりとり全体の構造に異なりがあることも観察された。指示詞を含む発話およびやりとりの構造に影響を及ぼす重要な相違点の例として、(i) 空間・方向を示す形式が代名詞か(日本語の「ここ」など)副詞か(英語の‘here’など)、(ii) 統語的に複数の指示詞を接続して用いることが可能か(日本語の「ここのこのN」、ブラジルポルトガル語の‘esse N aqui’など)、(iii) 様態の副詞(日本語の「こう」、中国語の‘这样’など)が存在するか否か、(iv)前方照応詞が指示詞体系に含まれているか(日本語の「そ-」など)それとも体系外に存在するか(英語の‘it’など)などが挙げられる。特に (iii) は指さしなどの直示的ジェスチャーとの共起、(iv)はSAからMain Activity (MA)への移行に大きな影響を与えうる要因であるため興味深い。 ただし、これまでのブラジルポルトガル語・中国語・英語の分析は、それぞれ1つの会話データの分析にもとづくものである。さらに、これらのデータは日本国内で収集されたため、一部の話者は日本語学習歴を有していた。今後、日本語学習歴がない、複数のブラジルポルトガル語・中国語・英語母語話者の会話データを収集・分析することで、これまでの分析から得た結論を検証する必要がある。 以上をもとに、指示体系間の相違点が、指示のやりとりの構造に与える影響について分析する。
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Causes of Carryover |
謝金を要する作業の遅れのため、残金が生じた。来年度同作業を実施する予定である。
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