2022 Fiscal Year Research-status Report
A semantic and syntactic study of "non-responsibility": from the perspective of contrastive linguistics
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22K00558
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Research Institution | Aoyama Gakuin University |
Principal Investigator |
金子 真 青山学院大学, 文学部, 教授 (00362947)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | 非責任性 / 意図性 / 否定命令文 / 迂言的命令文 / 肯定極性項目 / 完了体 / 接続法 / causal model |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は「非責任性」という概念を意味論的・統語論的観点から明確化することである。2022年度はロシア語の否定命令文における完了体の役割に関するポスター発表を1件行った。 ロシア語の否定命令文では通常完了体は許容されないが、非意図的・非責任性の事態に対する場合(例「風邪をひくな」)、完了体が選択される。上記発表では、Copley & Kaganによりロシア語の完了体過去形否定文に対してcausal modelの枠組みで提案された分析を、変更を施しつつ完了体を含む否定命令文に援用した。オリジナルな主張は、完了体過去形否定文では否定は述語により表される出来事や出来事の結果状態に及ぶのに対し、完了体否定命令文では明示化されていない先行状況に及ぶ(例「風邪ひきを引き起こすようなことをしないように」)というものであった。この主張を裏付けるために、肯定極性項目の否定に対する狭いスコープ解釈を挙げたが(例「誰かを傷つけてしまわないように」)、否定が述語自体ではなく先行事態に及ぶことを明示する構文を挙げるなど、より直接的な論拠を提示する余地が残った。また完了体が統語構造と意味表示の上で、何にあたるのか十分明確化することが出来なかった。 他に非責任性と表裏の関係にある「意図性」について、日本語のウ・ヨウの検討を通し、意味的・統語的に明確化することを試みた研究発表を1件と、意志を表すウ・ヨウと共通点を持つ推量のダロウを含む疑問文に関する口頭発表を1件行った。これらの発表では、先行研究により提案された「ダロウは話者の信念世界に対する全称量化詞である」という分析を、変更を施しつつウ・ヨウに援用することを試みた。しかし「買い物に行こうか?」は聞き手の返答を求める通常の疑問文として働くのに対し、「雨が降るだろうか?」は基本的には自問として働く、といった違いを十分説明することができなかった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究では「非責任性」という概念を明確化するにあたって、特にA)仏語等の接続法節での主節と同一指示主語の認可; B)否定を含む不定法節での肯定極性項目の認可; C)スラブ系言語の否定命令文での完了体の認可、という3つの現象に注目する。2022年度、交付申請書に記したNadira Aljovic氏と共同で論文を執筆する機会があり、上記Cに関する研究がまず進展した。この論文は2023年6月にオンライン上で公開される予定である。 この論文では、上記ポスター発表における「完了体を含む否定命令文では否定が述語自体ではなく先行事態に及ぶ」という主張を直接裏付けると考えられる、セルビア・クロアチア語のNEMOJ(英語のdon’tに対応する助動詞であり、補文として不定法節か接続詞に導入される定形節をとる)を用いた迂言的否定命令文を扱い、この構文を日本語のテシマウを含む迂言的否定命令文(例「誰かを傷つけテシマワないように」)と比較した。そしてNEMOJが補文として、i)定形節を取り条件法・接続法に相当する助動詞を含む場合、必ず「非責任性」の事態を表す上に、上記Aの現象も観察される、ii) 不定法節を取る場合上記Bの現象が観察される、という知見を得た。一方で当初、否定疑問文という環境では完了体が「非責任性」という意味と一対一に結び付くという仮説を立てていたが、セルビア・クロアチア語では逆に不完了体が責任性と一対一に結びつくのに対し、完了体は責任性事態も非責任性事態も表せるという観察を得たため、仮説の修正の必要も生じた。 また「責任性」を理解するうえで重要な「意図性」の統語的・意味的位置づけについても、日本語の意志表現ウ・ヨウと推量表現ダロウとの共通点と相違点を検討し、その成果をまとめた口頭発表を行った。 一方で当初計画していた仏語の現象についての研究が進展しなかったため、上記の区分を選択した。
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Strategy for Future Research Activity |
まず「非責任性」と密接に関係する「意図性」について、統語論と意味論・語用論の分野で従来提案されてきた分析に対し、対案を提示することを考えている。意図性について、Despic(2016)は統語的にvPが担うと主張し、Goncharov(2020)は意味的にintentional operatorが担うと主張している。そして両者は観点は異なるものの、こうした投射もしくはオペレータの存在がスラブ系言語の否定命令文において通常完了体が容認されない要因であり、非意図的事態ではこれらが欠如するため完了体が容認されると論じている。これに対し本研究では、1)「非意図性」は、統語構造上の投射や意味的オペレータの「欠如」ではなく、むしろ、意味的に先行事態からの移行もしくは新たな事態の出現を表す要素が、統語的にも「存在」することによって表される、2)そうした要素の存在にはスラブ系言語の完了体や日本語の補助動詞テシマウが密接に関わっている、と主張する予定である。 こうした主張を盛り込んだ上記Aljovic氏との共同研究の成果を、2023年11月のスラブ系言語に関する国際学会において発表することを目指し、現在準備中である。「意図性」について、日本語の意志表現ウ・ヨウについての研究を進展させた発表も準備している。 また2022年度は扱えなかったフランス語の現象については、主節と同一主語を持つ接続法節の用例を収集し、述語の意味的特徴を分類したうえで統計的処理を行い、その傾向を把握する計画である。日本語のテシマウについても、否定のナイと共起しにくいという先行研究に対し、予防的意味を表す「テシマワナイように」という連鎖の場合は不自然ではないと指摘したが、少数の例をもとにした議論にとどまっていた。今後収集例を増やし、同様に述語の意味的特徴の調査を行い、本研究の主張を経験的にも裏付けることを目指す。
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Causes of Carryover |
国内外の学会に参加する(さらに口頭発表も行う)ための旅費を見込んでいたが、全てオンライン開催となり、旅費が必要なかったため。 当該次年度使用分は、2023年度に国内外の対面で開催される学会に参加するための旅費として使用予定である。
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Remarks |
2022年度5月に口頭発表した内容を発展させ、オンライン雑誌Open LinguisticsのSpecial Issue "Subjectivity and Intersubjectivity in Language"に投稿し、査読の後修正提案を受け、現在論文の内容を改訂中である。
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