2023 Fiscal Year Research-status Report
A Study of The Philippines' Call Center Businesses and Filipino Workers as Social and Cultural Minorities
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22K01072
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Research Institution | University of Tsukuba |
Principal Investigator |
鈴木 伸隆 筑波大学, 人文社会系, 教授 (10323221)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | コールセンター産業 / 労働者 / 経済的エンパワーメント / 社会的・文化的少数派 |
Outline of Annual Research Achievements |
近年、世界規模で展開する海外コールセンター産業の躍進が目覚ましい。高度な英語力を有する人材を必要とするコールセンターは、「知の集積地」を目指す途上国の注目を集めている。そうした中、英語を母語としないフィリピンは、2011年にインドを抜き世界最大規模の拠点となったが、男性が市場を独占するインドとは対照的に、フィリピンでは女性(シングルマザー)やゲイが優位の職場へと転換している。本研究はネオリベラルな開発推進政策と、近代的な生き方を賞賛するメディア言説空間を複眼的に捉えながら、フィリピンの社会的・文化的少数派が知的労働者として、コールセンターへと誘い出される規律権力作用を解明する。 具体的には、IT情報化社会を先取りするフィリピンでのコールセンターの拡大が、社会経済的に脆弱な女性(シングルマザー)と文化的周縁に置かれるゲイを包摂しながら、「インクルーシブな成長」を促すグローバルサウスの現実を析出することにある。同時に高学歴エリート階 層や男性がコールセンターを忌避することによって、フィリピン社会に内在する階層とジェンダーをめぐる歴史的非対称性が強化される二面性を析出する。特に1)コールセンターを媒介にした「グローバル・ケアワーク」論の確立、2)途上国のLGBTによる領域を超えた「居場所」づくりの可能性の探求、3)21世紀におけるグローバルサウスの挑戦をめぐる比較研究の3つに注目し、3か年にわたって調査を行う。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
昨年度の研究課題である21世紀におけるフィリピンの政治経済状況とコールセンター産業の進展についての基礎的な資料の収集とその軌跡について包括的に把握することにあったが、本年度は視点をコールセンターで働く労働者に移し、そこを職場として「働くこと」の意味と労働者としてのアイデンティティが、メディアを媒介にして、どのように再定義されていくのか、といった意味付けに着目した。特に、1990年半ばに誕生しし、2011年に世界のコールセンターの拠点となったフィリピンを、コールセンター労働者向け月刊誌『Spiff』(マニラ刊)を検証することにした。その結果、近代的かつ価値創造的な生き方が雑誌のみならず、テレビや新聞といったメディア言説空間を通じて増幅されていった過程が浮き彫りになった。特にそこでは、労働者を取り巻く家族関係、消費行動、性行動がいかに伝統的な価値観から逸脱し、なおかつ反道徳的な生き方として、批判されていくことが見えてきた。しかし、興味深いのは、労働者自身がそうした世論による反社会的なイメージを受容する一方で、自ら近代的な時間の観念に基づく自己管理可能な主体であることを前景化させ、対抗的なアイデンティティを創造しつつある労働者の日常的実践課程が浮かび上がってきた。この知見は、調査前に十分予見できたものであったが、資料的な裏付けによって、検証できたことが最大の成果である。こうしたことを総合すると、調査2年目の2023年度の研究の進捗は、当初の予定通りに展開しており、2024年度の最終年度につなげることが出来たと満足している。
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Strategy for Future Research Activity |
最終年度にあたる2024年度は、2つのことを実施する予定である。まず1つは、コールセンターで勤務する労働者に関する先行研究との比較考察を行うことである。近年、コールセンターに関連する文献(書籍・学術論文)は多数刊行されており、そうした最近の知見を踏まえておく必要がある。もう1つは、フィリピンにてコールセンター産業に充実する労働者を対象とした、聞き取り調査を行うことである。現在のところ、首都圏のマニラ、もしくはルソン島北部地方のバギオか近郊地区で行うことを計画している。必要に応じて、調査アシスタントを雇用して、聞き取りデータの精度を高めたい。この現地調査に関しては、国内において現地調査協力者と連携を深め、聞き取り調査の実現可能性を正確に見極める必要がある。その上で、研究成果の発信も精力的に行うつもりである。具体的には、日本文化人類学会、東南アジア学会、日本オセアニア学会の地区例会ならびに研究大会での成果還元を行う。それと連動させ、国際共著論文を執筆するべく、共同執筆者との調整も開始する予定である。また必要に応じて、海外共同研究者とオンラインで研究成果について情報交換を行い、こちらが用意した質問票について、様々な示唆を頂くことも想定している。
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Causes of Carryover |
2023年度は研究課題遂行のために、当初海外出張を予定していた。ところが円安や世界情勢の煽りを受けて、予想以上に渡航費(航空運賃と海外ホテル宿泊費)が高騰していたことと、秋に研究成果を国際研修集会で発表し、さらに投稿論文としての成果発表を優先する必要があったことから、出張そのものを見送ったという経緯がある。そのため、「次年度使用額(B-A)」に差が生じた。しかし、これは「研究計画の遅滞」という研究遂行上の障害ではなく、研究計画の順番の入れ替えに伴う合理的な選択の結果と受け止めている。予想以上に早く研究成果の公表が可能となり、なおかつ学術雑誌に掲載される可能性が急遽生じたことから判断した。差額と研究の最終年度にあたる2024年度分として請求した助成金と合わせて、余裕をある海外出張を行うべく、計画的に支出する予定である。すでに研究成果の公表が可能となっていることから、2024年度は逆に現地での聞き取り調査に専念できる状況が生まれたことになったと言えよう。
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