2022 Fiscal Year Research-status Report
公共的リスク・コミュニケーションの改善に向けた社会構築主義的一般リスク理論の開発
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22K01114
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
江口 厚仁 九州大学, 法学研究院, 教授 (10223637)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | リスク・コミュニケーション / リスク・マネジメント / 社会構築主義 / 市民的公共性 |
Outline of Annual Research Achievements |
リスクとは、ある対象の「客観的危険度」ではなく、社会的コミュニケーションを通じて構築される「意味複合体」であり、これを統一的視点に立って分析評価しうる理論体系を欠いた個別問題領域ごとの「対症療法的リスク対策」が、容易に「機能不全」に陥ることは、近時の自然災害やコロナ感染症対策等においてますます明らかとなっている。 本研究は、N・ルーマンのリスク・コミュニケーション理論を発展的に継承し、リスク問題の発生領域・異なる学問領域ごとに多種多様な「リスク観察図式」を比較・媒介するための新たな概念装置を開発し、リスク予測・評価・予防・責任配分・コスト分散・被害者救済・再発防止等のリスク・マネジメントの全過程を「包括的なリスク・コミュニケーション・システム」として分析・評価しうるリスク対策の「社会構築主義的一般理論」の創出を目指す。 研究初年度(2022年度)は、先行研究の理論動向を俯瞰すべく内外の関連文献・資料の収集・分析、及び各専門領域で活用されている「リスク観察図式」の類型化を試みることで、それらの種差的特性/射程を明らかにすること注力した。具体的には、これまで散発的に収集したリスク・コミュニケーション関連図書に加え、新たにここ10年間に公刊された内外の文献を体系的に調査・購入し、それらを精読・整理する作業に取り組んだ。リスクを「確率論的に計量化」する手法を基礎に、人々の科学情報に対する「認知バイアス」を是正し、より冷静なリスク評価と効率的対策を促すことをリスク・コミュニケーション理論の主要課題とみなす「主流派リスク学」の影響力は絶大だが、このアプローチの限界を見据えた新たな研究動向も登場しつつある。議論はいまだ錯綜した状況にあるが、それらを比較検討することで、こうした新潮流を組み込んだより包括的なリスク理論の構築に向けて準備を進めているところである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
リスク・コミュニケーションの「社会構築主義的一般理論」の前提となる基礎理論的研究を中心に、内外の関連文献の収集・分析、及び各専門領域で現に活用されている「リスク観察図式」の類型化を図り、それらの種差的特性/射程を明らかにすることが本年度の研究目標だが、その導入として現代社会のリスク・コミュニケーションの全体状況を俯瞰すべく、地球環境・大規模自然災害・原発事故・テロリズム・貧困問題といったグローバル・レベルの問題から、都市生活環境・食品安全・防災・防犯・防疫といった日常的問題まで、広大な領域にまたがるリスク問題関連図書を概観するところから着手した。また、現代のリスク問題を考える上で、客観性・因果性・確率論といった概念をめぐる科学哲学・認識論的な知見や、科学技術と社会の関係を分析する科学技術社会学(STS)、あるいは近年リスク対策の現場で話題を集めている行動心理学等への理解を深める必要性も生じた。社会システム論やリスク・コミュニケーション理論に関する研究蓄積は相応に持ち合わせていたが、当初の予想通りとはいえ研究課題の裾野が広大であるため、研究の前提条件となる最新の理論動向をふまえることにかなりの時間を要することとなった。しかしこれは計画の遅延ではなく、研究に正確さと奥行きを与えるために必須の取り組みだったと考える。 既存のものに加え、新たに購入した図書・資料の精読・整理作業も着実に進行しており、新たな理論フレイムを模索する先端領域の息吹を実感している。概念や方法論はいまだ錯綜した状況にあるが、それらをルーマンの社会システム論的な観察図式に照らして再整理する作業に鋭意取り組んでいる。現時点でそれは大量のカードメモの状況にとどまり、論考としてまとまる段階には至っていないが、研究目標の達成に向けた手ごたえを感じているところである。
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Strategy for Future Research Activity |
理論研究に軸足を置いた図書・資料の精読・整理・分析に注力したこと、及びコロナ感染状況の影響もあり、人びとのリスク・コミュニケーションが活性化した具体的事例の現場に足を運び、これらの事例ごとの「リスク観察図式」の異同を経験的に調査する研究にはほとんど着手できなかった。また、最新の公共哲学・市民的公共性の観点から、人々のリスク・コミュニケーションのあり方を検討する作業も相対的に手薄な状況にある。本研究は経験的調査を主軸とするものではないが、経験的データに裏打ちされない理論研究が脆弱なものになるのは必至であるため、こうした一次資料収集やフィールド調査にも鋭意取り組んでいきたいと考えている。 他方で、領域ごとの「リスク観察図式」の差異が、関係者のリスク認知をどのように構造化するか、あるいはそれがリスク・コミュニケーションの促進/停滞、関係者の参加/退出、結果への満足/不満、新たな法整備の要請といった社会変数と、どのような相関関係にあるかを説明する理論仮説を立てるにあたり、リスク・コミュニケーションの「社会構築主義的一般理論」による「論点整理」が、問題状況をクリアにするうえで必須の前提となるため、理論的概念整理とその体系化に向けた取り組みの優先度も極めて高い。この研究遂行上の両輪に適切にエフォートを割り当て、当初の研究計画に沿って着実に研究を進めていく。
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