2023 Fiscal Year Research-status Report
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22K01230
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
西内 康人 京都大学, 法学研究科, 教授 (40437182)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2026-03-31
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Keywords | 法の経済分析 / 法と経済学 / 民法 / 無体財産 |
Outline of Annual Research Achievements |
申請者はこれまでも、民法の問題に即して法の経済分析研究の紹介と分析を行ってきた。その過程では、法の経済分析の創成期から現在に至るまでの様々な文献を読んできたが、法の経済分析に関する最近のコンメンタールや研究ハンドブックでは、次の特徴を感じてきた。すなわち、学説の展開を単なる数理モデルの発展・洗練として紹介するのではなく、ヨーロッパ法、特に大陸法の法制度や解釈をうまく説明できない過去の学説の問題点を指摘し、大陸法に則した分析を紹介したり、自ら分析したりするという特徴である。たとえば、物権法定主義のような大陸法に特有の物権特有の種類限定を行う制度は、伝統的な法と経済分析の学説からは説明・分析の対象とすらなってこなかった。これに対し、最近はこうした物権法定主義を意識した議論が展開している。そして、大陸法を強く意識して展開しているこうした議論状況は、我が国には十分には紹介されておらず、この紹介やこれに則した発展的議論を行う価値があると考えるものである。 本研究は、以上のような問題意識に即した形で、法の経済分析に含まれるアメリカ法的な前提を分析してアメリカ以外の法に議論を移植するための条件を明らかにするとともに、日本法に則した法の経済分析理論の応用を行ってきた。この一つの表れとして、たとえば、第21回法と経済学会全国大会シンポジウム(2023年10月29日開催)において、「民法の特徴と経済学の利用」という報告を行い、アメリカ法と比較した上での日本法の特徴を明らかにすると同時に、アメリカ法に則した形で発展してきた法の経済分析で語られなかった特徴を明らかにして、日本法ではこれまで低調であった法の経済分析の民法への利用についての課題を明確化することを行った。このシンポジウムでは、報告者相互間や参加者との間で議論が行われ、研究成果の発信とともに議論の深化に役立ったと考えている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究実績の概要で示したような法の経済分析がよって立つが明確にされてこなかったアメリカ法的な前提を明らかにして、日本法への移植可能性を向上させることを探るという本研究において、研究年度の1年目と2年目を予定していたのは、次のような作業である。すなわち、物権や合意・契約という分野について伝統的な法の経済分析において大陸法とは違った法制度が念頭に置かれてきたのはどのような場面なのか、という点を明らかにすることである。このためには、最近の議論状況において伝統的な法の経済分析の限界が意識されている点を抽出する作業とともに、英米法と大陸法の相違に関する基本的な調査・研究が、必要かつ有用となる。 こうした作業の一つとして、第21回法と経済学会全国大会シンポジウム(2023年10月29日開催)において、「民法の特徴と経済学の利用」という報告を行い、法の経済分析で用いられてきたアメリカ法的な前提を明らかにして、これまで低調であった日本の民法での法の経済分析をどのようにして行うべきかという点を分析した。こうした研究報告やこの準備作業、ならびに、このシンポジウムで行われた議論は、上記のような研究計画を具体的に実施する作業である。 また付随的に、日本法に則した法の経済分析を行うという、3年目・4年目で予定されていた作業の一部を行った。たとえば、明治学院大学産業経済研究所で行われた、明治学院大学経済学部研究会(2024年1月10日開催)では、「無体財産と責任原因」という報告を行い、法学に特徴的な議論につき経済学者と意見交換を行った。また、2023年度(第40回)金融法学会大会シンポジウム(2023年9月30日)で行った「『預ける』を考える―寄託と信託」という報告では、情報の非競合性・非排他性という部分につき経済分析の手法を用いている。
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Strategy for Future Research Activity |
研究実績の概要で示したような法の経済分析がよって立つが明確にされてこなかったアメリカ法的な前提を明らかにして、日本法への移植可能性を向上させることを探るという本研究において、研究年度の3年目と4年目を予定しているのは次の作業である。すなわち、研究年度の1年目・2年目で明らかにしたことを下敷きにして、伝統的な法の経済分析の議論の射程を探り、最近の議論状況と伝統的な法の経済分析学説がそれぞれ、大陸法系に属する我が国の民法に照らしていかなる示唆を与えるのか、明らかにすることである。ここで注意すべきは、大陸法系を意識した議論だけをよいものだと扱うという単純な考えをとらず、むしろ、過去の学説についてもこれが議論されてきた文脈に照らして我が国の民法の理解にとって再利用する道を探る点が、本研究の目的だということである。このような態度は、英米法にルーツを持たない民法の条文についても、英米法との比較法が重要な役割を果たしてきたことにより、正当化できると考える。たとえば、物権の一分野である担保物権については、大陸法をベースに作られた我が国の民法でも、英米法との比較法が盛んである。 こうした作業の遂行として、本年度は日本私法学会シンポジウムの報告準備研究会に参加しており、この研究成果として別冊NBLでリスクとこれに対する責任に関する経済分析に関する研究論文を公表する予定である。また、法の経済分析の議論がアメリカ法的な前提を置いていたことを前提に、日本法の文脈に照らして法の経済分析を行う集大成として、教科書の出版を予定しており、現在は脱稿して組みあがりと校正作業を待つ状況となっている。この教科書はうまく作業が進めば今年度中に出版できる可能性があるが、かりに作業が遅れても研究の最終年度である来年度には出版にこぎつける見込みである。
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