2022 Fiscal Year Research-status Report
海上旅客運送人の旅客人身損害に対する責任―海上運送特有リスクによる分析
Project/Area Number |
22K01262
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Research Institution | Nihon University |
Principal Investigator |
南 健悟 日本大学, 法学部, 教授 (70556844)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | 海上旅客運送契約 / 海上旅客運送人の責任 / 船舶安全法 / 船員法 / 安全配慮義務 |
Outline of Annual Research Achievements |
2022年度においては、海上旅客運送人を含めた旅客運送人の旅客に対する損害賠償責任の構造を明らかにする作業を行った。より具体的には、従来の裁判例において、旅客運送人の旅客に対する責任の構造がどのように把握されているのかについて、民法学説をも考慮しながら考察した。商法学説においては、旅客運送人の責任は過失推定責任であると評価される一方で、その立証責任の所在については、民法の債務不履行責任とも変わらないとも指摘されており、そこには一定の揺らぎが見られた。その背景として、運送契約は請負契約たる性質を有しており、仕事の完成がなされなかった(旅客を安全に目的地にまで運送できなかった)ことを証明さえすれば、旅客運送人の側がそれに対して無過失御証明をしなければならないと考えられてきたことに起因するものと考えた。ところが、実際の裁判例の中には、「安全に」運送するという側面を有しているために、安全配慮義務違反の問題として捉えるものがあり、その場合には、安全配慮義務違反に基づく責任の立証責任の分配について、具体的な義務の内容とそれに対する違反を被害者である旅客が証明しなければならないことになり、商法590条と平仄が合わない場面も見られた。 そこで、2022年度においては、手段債務と結果債務とが融合ないしは交錯する債務に関する近時の民法学説を参照し、旅客運送人の債務の構造について、立証責任の分配という観点から考察を行った。 さらに、2022年4月に発生した知床遊覧船沈没事故を契機とした船舶安全法制についても検討を行い、事前規制としての海上旅客運送事業規制と、事後規制としての上述した海上旅客運送人の損害賠償責任について考察した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
海上旅客運送人の損害賠償責任について、2022年度はその契約法的な観点から、立証責任の分配について明らかにした。本研究課題においては、立証責任の分配について、海上旅客運送人を含む旅客運送人の損害賠償責任は、旅客が死傷等した事実を証明する一方、旅客運送人の側で当該死傷等事故に対して注意を払っていた旨の立証をしなければならないことが前提とされているが、その前提自体の妥当性について検証を行った。そのうえで、2022年度における研究の総括において、上記のような立証責任の分配構造を前提とすると、海上旅客運送人の責任が過大になる可能性が示唆されることから、本研究課題の中心的なテーマである「運送のために」(商法590条)という要件の精緻化の事前準備が整ったことになる。したがって、これらの点に鑑みれば、本研究課題は、「おおむね順調に進展している。」と評価できるものと考える。
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Strategy for Future Research Activity |
2023年度以降については、商法590条の「運送のために」という要件の精緻化を図ることが重要となる。従来、学説においては、単に、運送設備の瑕疵等がそこに含まれ得るとの指摘がなされる程度であり、具体的な要件としての意味合いについて議論が少なかったことが本研究課題の当初のスタートラインである。そこで、2023年度においては、海上旅客運送人の責任等を定めたアテネ条約(日本未批准)における議論や、アテネ条約と同様の責任を定めるイギリス法と、逆に、旅客運送人のnegligenceの立証責任を旅客の側に負わせているアメリカ法とを対比することで、どのような解釈論が必要であるのかを検討することとする。 加えて、法の経済分析という観点から、海上旅客運送人の責任を考察したり、さらに船舶安全法制という観点から検討を行うことを予定している。これらの点については、既に、イギリスAberdeen大学のRoy Partain教授や同大学のLuci Carey講師等と意見交換する機会を有しており、より精緻な要件論の検討を進めていくこととする。
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Causes of Carryover |
2022年度においては46,087円の次年度使用額が生じた。これは、海商法や民法等に関する関連文献の購入及び出張旅費等で使用した際に、より効率的な研究費執行という観点から、より安価な方法で取得方法を検討したこと、また、年度末における駆け込み的な研究費執行を防ぐという観点から、残額が生じても、より計画的に使用したことによって生じたものである。 2023年度においては、上記次年度使用額を合算して、新たな関連文献の購入を行ったり、また2022年度に行くことができなかった国内出張により、多くの研究者等との意見交換等を行うために使用することとし、より精緻な議論を行う必要があることに使うこととする。
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