2023 Fiscal Year Research-status Report
Caribbean Claims for Reparations for Slavery and Colonialism: A Transformative Redress Approach
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22K01378
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Research Institution | Aoyama Gakuin University |
Principal Investigator |
熊谷 奈緒子 青山学院大学, 地球社会共生学部, 教授 (10598668)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | 正義 / 謝罪 / 補償 / 植民地 / 奴隷 / 人道に対する罪 / 和解 / 変容的救済 |
Outline of Annual Research Achievements |
カリブ共同体(CARICOM)加盟国から成るCARICOM補償委員会(CARICOM Reparation Commission (CRC))が、2014年に英国を含めた旧植民地国に、奴隷貿易や奴隷制、植民地支配に対する謝罪と補償を、10の補償計画として公式に要求した(CARICOM Ten-Point Reparation Plan)。またそれと並行して、国際社会では、旧植民地国に対する奴隷貿易や植民地支配に対する責任追及の声が高まってきた。 本研究は、こうした動きに対して、英、蘭、仏、独の政府の対応を比較調査する。100年以上前の不正義を、今日の法秩序を大きく揺るがすことなくいかに正すかについて、各国国内社会の動き、各国政府の対応、それらの総体的な効果を検証しながら考察する。理論的支柱としては、歴史的不正義に対する現実的な正義の追求という形で示された変容的救済の概念を軸に検証する。変容的救済とは、被害者の主体性を回復させながら、加害者との関係性における脱植民地化と民主的互恵主義に基づく対話を通じて実現可能かつ受け入れ可能な正義と救済を創造的に実現してゆく過程である。故に、各国の政策の評価においては、謝罪、補償、正義、和解、真相究明がどのように解釈されているかを中心に分析している。その中でも特に、奴隷貿易や奴隷制を時効のない「人道に対する罪」と認めるか、また認めた場合どのような対応をとっているかについても把握し、比較検討を続けている。 これまでは、上記各国での対応に関する資料収集、読解、分析を継続している。同時に、変容的救済の概念の精緻化を進めた。これについての発表を、記憶学会において行った。 また、前回の科研研究成果の戦中の中国人強制労働者との和解についての論文を出版した。CiNii情報では2023年3月となっているが、実際の出版は2024年6月となった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
研究対象各国の国内諸主体による独自調査や和解策の動きを追い、またそれらが政府の総合的政策とともに、どのように変容的救済を実現しているかについての分析が一定程度進んだ。イギリスの大学(ケンブリッジ、エディンバラ、オックスフォードなど)やエジンバラ市の過去の奴隷貿易への関与について行った独自調査を収集、読み込みし、論争点を把握した。オランダについては、奴隷貿易や奴隷制への関与についての政府の謝罪の背景にあった政府が立ち上げた調査委員会の独自調査過程が踏まえていた被害側との対話の要素の効果、一方で、謝罪に対する国内社会の一部の否定的な反応といった複雑な状況も理解した。 フランスについては、奴隷貿易や奴隷制を「人道に対する罪」と認めるものの、謝罪も補償もしないという姿勢のギャップを検証した。そしてその背景として、歴史の評価に対する政治的司法的介入をめぐる論争の存在をつかんだ。また、この論争は、植民地戦争をめぐる事例であるアルジェリアの植民地独立戦争の評価においても見られていることも見出した。ドイツについては、植民地支配時代のナミビアにおける虐殺をめぐるドイツ政府の謝罪と補償の経緯と内容、またそれに対するナミビア国内における反論についての資料を集めた。特に、ナミビア国内のヘレロ部族とナマ部族がドイツとの対話に参加できていないという問題を理解した。 このように各国の調査を通じて浮かび上がってきた植民地制と奴隷貿易奴隷制の過去に対する国内社会の理解と反応、また各国政府の対応を概ね把握することができた。暫定的ではあるが、比較検討も行い、その中で特に対応の違いがみられた「人道に対する罪」の解釈方法を分析した。フランスでは「人道に対する罪」を法的というよりは政治的、象徴的に理解し、イギリスではより法的な解釈をしていることが明らかになった。
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Strategy for Future Research Activity |
各国国内社会と政府それぞれの対応策を包括的に網羅することを目指して、継続して必要関連資料を収集し、読み込みを行う。イギリスについては、特に奴隷所有者の子孫の有志が立ち上げた「奴隷制の相続人(Heirs of Slavery)」の活動状況と社会的影響についても、インタビューを交えながら情報収集し、分析解釈を試みる。そして英国国会におけるCARICOMへの対応の議論状況もインタビューを通じて収集する。さらに、マンチェスター・ガーディアン紙の自社調査報告書の収集を行い、英国王室側における独自調査の状況も把握する。 フランスについては、アルジェリア戦争についての和解策を説いた「ストラ報告書」の読み込みとその分析、アルジェリアの反発に対するフランス政府と国内の対応を追う。さらに歴史への政治的司法的介入の是非をめぐる学問的社会的論争についての理解も深め、それが仏政府の総合的な外交政策判断の文脈の中での謝罪政策にどのように影響しているかも探る。 オランダに関しては、過去の奴隷制と植民地支配が、今日のオランダにおける人種差別として影響を残していることを政府が認めたのちの実際的な政策、特に、政府が立ち上げた調査報告書が説いたオランダの学校での奴隷制や植民地の過去についての教育の必要性についてのオランダ国内社会の反応、報告書が出したその他の政策提言の実施状況を検証する。さらに、オランダ中央銀行が、ライデン大学の研究者に2020年に委託した研究調査も入手して分析する。 ドイツについては、継続してナミビア国内におけるドイツとの和解合意をめぐる論争、またその状況に対するドイツ政府とドイツ社会の反応を継続的に把握する。 最終的には上記各国国内諸主体と政府の動きが、総合的に和解の方向に向けてもたらしてきた影響を、変容的救済の観点から総合的に分析をする。
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Causes of Carryover |
本務校において教務主任を2023年度から務め始めた都合上、予想以上に学内行政に関する時間が増えた。結果として、当初予定していたインタビュー・資料収集調査のための出張のうち、一回を延期することになったため、次年度使用額が生じた。
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Research Products
(5 results)