2022 Fiscal Year Research-status Report
近代都市勤労層の飲酒・泥酔体験の労働従属的形象に関する歴史社会学的研究
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22K01904
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Research Institution | Yamaguchi University |
Principal Investigator |
右田 裕規 山口大学, 時間学研究所, 准教授 (60566397)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | 余暇論 |
Outline of Annual Research Achievements |
初年度に当たる2022年度は、近代日本社会の飲酒文化についての既存の研究状況を整理する作業、ならびに20世紀の勤労層の飲酒をめぐる習慣・意識・装置についての基礎的資料の収集を軸としながら研究活動を実施した。まず研究史の動向と特徴を批判的に整理する作業では、酒類の供給主体の歴史的動向や、酒類の生産状況の長期的・歴史的変遷については豊富な蓄積がある一方、1)近代の飲酒文化を労働者文化として位置づけ考察する視点が十分でないこと、2)飲酒習慣の近代的再編という問題系を、産業化の進展と関連づけながら考察しようとする問題関心が低調であること、3)消費者たちの微視的な論理や意識、動向に即しながら、近代日本社会の飲酒文化のありようを再検討する視点も徹底されていないこと、の3点が、研究史の重要な問題点となっていることを把握した。いいかえると、都市勤労層の飲酒・泥酔の具体的形象に即しながら、近代の飲酒文化の労働順応的な性質をあかるみにしようとする本研究の試みが、既存の研究に新しい知見を付け加えるものになりうることを、幅広い文献をつうじて確認した。また、20世紀の都市勤労層の飲酒実態についての資料調査では、「寝酒」という習慣のひろがりを中心に、調査収集作業を実施した。この調査活動では、翌日早朝からの勤務に備えるべく、早くスムーズに眠るという動機から飲酒を行なう習慣が、20世紀はじめから都市勤労層の間では一定の割合で見られたこと、また20世紀後半になるとこの睡眠目的の飲酒習慣がいっそう拡大することを、知見として獲得した。いいかえると、都市勤労層の飲酒行為が、酔いを楽しむという遊び的な動機ばかりでなく、労働力の適切な回復や、翌日の始業時間への配慮など、労働と密接に結びついた動機からしばしば営まれていたことを、各種資料を通じて把捉した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の目的は、近代日本の都市勤労層たちにとって、余暇に酒を飲む、あるいは泥酔するという営みが、どのような社会的意味を持っていたのか、という問いについて、かれらのアルコール飲料の具体的な飲みかたや酔いかたに即しながら検証し、20世紀日本の飲酒・泥酔文化が含んだ労働順応的な契機を析出することにある。2022年度の研究活動では、日本社会の飲酒文化にまつわる先行研究の批判的整理をつうじて、近代都市勤労層の飲酒行為の労働的性質に着目し、余暇論の古典的な枠組みへとレジャー的飲酒を包摂しようとする本研究の試みが、従来の飲酒文化研究で多分に欠落してきた論点を補完するものになりうることについて、より説得的な根拠を得ることができた。また、資料調査活動では、20世紀をつうじて、都市社会では、スムーズな入眠(またそれに随伴したスムーズかつ十全な疲労恢復)を目的とした寝酒行為が、勤労層において目立ってあらわれ続けていたことについての資料群、いいかえると、かれらの飲酒が、労働への多大な配慮から反復的に営まれていた可能性を端的に示唆する資料群を一定の水準で収集できた。現在のところ、都市勤労者たちの飲酒様式や酔いのスタイルについての資料群を多面的に調査・収集し、そこから近代都市勤労層の飲酒文化が含んだ労働順応的な傾性を包括的に明るみにするまでには至ってないが、以上の点で、本研究の計画は概ね順調に進んでいると考える。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の推進方策としては、とくに次の3点を中心に、分析と資料収集を進める予定である。第1には、20世紀になって、労働者階級による無秩序的な飲酒習慣が次第に後退していった経緯についてである。19世紀末から20世紀はじめまで、日雇い労働者や工場労働者たちの間では、過酷な労働による疲労を忘れるべく、労働時間中にアルコール飲料を摂取する習慣が定着していた。また、酔った状態で職場に向かうことや、(ヨーロッパの労働者と同様)街なかで大量に飲酒した翌日には欠勤することも、当時にあってはめずらしくなかった。ここでは、職場での飲酒や酩酊しながらの労働を忌避する近代的な労働倫理を、かれらがいつからどのように内面化したのかについて把握することをめざす。第2には、「節酒」という飲酒習慣が、俸給生活者・工場労働者の間で拡大していった過程である。たとえば1)1920年代から、高度数の蒸留酒や清酒よりも度数が低いビールを選好する飲酒態度が、都市勤労層の間でひろがったこと、2)1930年代前後のサラリーマン層において、その日のうちに帰宅することを前提した、軽い飲酒が一般化した結果、ターミナル周辺で余暇の飲酒施設が急速な発達を遂げていたこと、などについて検討し、泥酔や二日酔いが翌日の労働にもたらす負の作用を配慮した酒の飲みかたが拡大しつつあった可能性を呈示する。第3には、戦後社会のホワイトカラー層において、飲酒の空間が、労働の場としての色彩を強く帯びていった過程である。たとえば取引先との接待・社用という形式での飲酒機会の拡大、職場単位での宴席の慣例化、あるいは酒場経営者が職場に出向き掛金を徴収する慣例の定着、等々の経緯を跡づけることで、かれらにとっての余暇の飲酒の時間が、労働時間の論理によって囲繞されていた可能性について、当時の「猛烈社員」エトスの席巻と関連づけながら考察することをめざす。
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Causes of Carryover |
初年度に当たる2022年度は、先行研究の批判的検討と、それにもとづいた本研究の分析枠組みの精緻化、ならびに基礎的な資料収集に重点をおいて研究活動を実施した。そのさい、本務校の図書館が関連文献を豊富に所有していたため、本務校を中心とした調査活動によって、主だった資料や文献は概ねカバーすることができた。以上の経緯から、資料調査のための旅費や、調査旅行時の文献複写費、また文献購入のための物品費において、大幅な繰り越し分が生じることになった。次年度においては、とくに国立国会図書館での補完的な資料収集を継続的に行う予定であるため、資料調査を目的とした旅費に重点的な配分を行う。
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