2022 Fiscal Year Research-status Report
体育授業の無事故化実現に向けた教師行動指針の開発と体育安全指導計画の案出
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22K02608
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Research Institution | J. F. Oberlin University |
Principal Investigator |
山口 裕貴 桜美林大学, 健康福祉学群, 准教授 (50465811)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | 体育授業無事故化 / 挑戦欲求 / 教員のやりがい |
Outline of Annual Research Achievements |
22年度は、実際の中学校教員が教育現場において過去にどのような体育授業事故を経験し、またそれに対する反省点を挙げているのかを確かめるべく、和歌山県(和歌山市、岩出市)の5名の教員への質問紙調査、3名の教員へのインタビュー調査(会場 和歌山市子ども総合支援センター会議室)を行い、体育授業の無事故実現への基礎資料とした。 質問紙の具体的な文面内容は以下のとおりである。 1.以下の各運動領域において、実際に事故が起こってしまったケースについて詳細をお聞かせください。(軽傷は事故に含みません)①体つくり運動、②器械運動、③陸上競技、④水泳、⑤球技、⑥武道、⑦ダンス。:2.上記1での事故において、先生が何をしていればそれが防げたと思いますか。:3.上記1の各運動領域において、先生の授業中に「ヒヤリ・ハット」(一歩間違えば事故になっていた)事例はありましたか。:4.上記3において、先生が何をどう工夫していればそれが防げたと思いますか。:5.運動部活動中の事故、もしくはヒヤリ・ハット事例を教えてください。:6.上記5において、先生が何をしていればそれが防げたと思いますか。 インタビュー中、学校体育事故ゼロ(無事故)を実現するために、難易度の高い技(主として器械運動)の試技を禁止とする(難しい技をやってみたい生徒は民間クラブへ行くよう勧める)ことを3名の教員に提案した。3名中1名の教員のみが賛成の意を示したが、2名の教員は反対であった。理由は次の通りである。〈跳び箱運動で跳べる段数が上がっていくと生徒は心底喜ぶので、教員もそれを見ると「もっといけるぞ」というふうに「後押し」したくなる〉。〈発展技はやらないという考えも一つだが、生徒にとっては難しい技に挑戦することで「心の成長」につながっていく〉。「教員のやりがい」と「無事故の実現」の間で葛藤・衝突が起こっていることが分かった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
現場の教員が体育授業の無事故化に向けてどのような意見をもっているのかを把握することができた。それはつまり次の点に注意する必要があるということである。〈生徒は高得点が得られる技を無理してやろうとする傾向がある〉。〈友人らが高得点技に取り組んでいるのを見て自分もそっちでやりたいと思ってしまう〉。この点、今回のインタビュー調査の対象者ではないが、以前にヒアリングを行った私立中学校高等学校の保健体育教員がこう述べていた。〈無我夢中で熱くなっている生徒には“この技ができなくても別に君の人生が変わるわけじゃないよ”と言うようにしている〉。ふっと冷静さを呼び起こさせてくれる、事故防止に効果的な発言である。別の教員の「熱くなることを評価しない」「評価できるのは危険を察知すること」という生徒向けの助言もきわめて有効だ。現場の教員の声には「温かさ」があることをインタビュー調査から改めて知ることができた。「ぬくもり」と言い換えてもよい。今回の調査によって、無事故への足掛かりができたように思う。小さなケガは体育なので仕方ないところもあるが、大事故はやはり悲劇である。回避できるよう多くの示唆的な意見を吟味して、教員は生徒の身、ひいては自身の身をも守っていかねばならない。
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Strategy for Future Research Activity |
体育教員が授業において配慮すべき事項は多い.運動量を確保して体力の保持増進につなげること,合理的な運動の行い方を身につけさせること,生徒の表現力を高めるため話し合い活動を充実させること,運動の楽しさを味わわせ生涯スポーツにつながる契機とすること,スポーツ文化を誤りなく継承すること,運動と健康の関係性に目を向けさせること,懸命に身体を動かすことの心地よさや解放感を体感すること等々である.運動部活動において配慮すべき事項は,技能向上,体力増強のための効果的な技術練習を考案することである(生徒が考案する場合はそれへの助言と承認を行う). しかし,これらに増して必須の重要事項があることを教員はけっして忘れてはならない.それは言うまでもなく「事故防止」「安全確保」である.どれほど楽しい授業であってもその最中に大きな事故が起こり生徒に重傷を負わせてしまっては本末転倒なのだ.スポーツ観,体育観の異なる教員が複数人集まっても無事故実現という点に異論を唱える者はいないであろう. そうであっても,体育授業の無事故化には困難が伴うのが現実だ.「1件の重大事故の背後には29件の軽微な事故がありその背景には300件の事故には至らないヒヤリ・ハットすることが生じている」といわれることからもそれが分かる.また,体育授業事故の被害生徒は未成年者であるため,法的観点でいえば学校側にある意味後見的な立場が認められ,通常以上の注意義務を求められてしまう.さらに,学校保健安全法は,学校安全について国や地方公共団体を含めた学校設置者の責務が規定されるとともに(26条),学校安全計画の策定が義務付けられており(27条),これらの義務を履行していない,つまり債務不履行の学校に対しては事故発生時に厳しい目が向けられる可能性もあるとされる. 今後は無事故化に対する現場教員の見解をさらに集めて精査していきたい.
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Causes of Carryover |
スポーツ基本法はあらゆるスポーツ場面での事故防止の努力規定を設けている。これを踏まえ、スポーツにおける無事故化実現とスポーツ基本法との関係性およびスポーツ基本法に関連する種々の裁判例を抽出し、法的争点を洗い出したうえで、スポーツ無事故化の実現に向けた検討資料としていく。体育授業の無事故化実現のためには、学校現場の実情をインタビュー調査等を用いて知るだけでは不十分である。つまり、スポーツ基本法を含む数種の法律がどのような無実化に係る規定を設け、それを行政(教育委員会)がどのように解釈したうえで現場への指導・助言として運用しているのかを知る必要がある。これが次年度使用額が生じた理由である。
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Research Products
(2 results)