2022 Fiscal Year Research-status Report
ヒッグス・セクターにおける新物理シグナルの発現と抑制機構
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22K03616
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Research Institution | Ochanomizu University |
Principal Investigator |
曹 基哲 お茶の水女子大学, 基幹研究院, 教授 (10323859)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2026-03-31
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Keywords | ヒッグス / 暗黒物質 / 電弱一次相転移 / 重力波 / 多重臨界点原理 |
Outline of Annual Research Achievements |
素粒子標準模型の最小限の拡張である、複素シングレットスカラー場を一つだけ導入したCxSM (complex singlet extension of the Standard Model)を検討した。この模型では複素スカラー場の虚部が暗黒物質粒子となる。また実部は標準模型ヒッグス場と混合し、質量固有状態 h_1, h_2を構成する。この模型において、暗黒物質とクォークの散乱振幅はスカラー粒子 h_1により媒介されるものと、 h_2が媒介するものがある。h_1, h_2の質量が縮退(ほぼ同程度)であれば、暗黒物質-原子核(クォーク)の散乱振幅は相殺し、暗黒物質の直接探索実験の結果と整合する。これを「縮退スカラーシナリオ」と呼ぶ。 今年度は縮退スカラーシナリオがもたらす現象論的帰結について調べた。この模型は標準模型ヒッグス場に加えて余分なスカラー場を含むので、強い電弱一次相転移を実現する可能性がある。縮退スカラーシナリオの下で強い電弱一次相転移が実現すること、それはスカラーポテンシャルがCP不変性を破る場合でも維持されること、を明らからにした。またその際に発生する重力波について定量的に調べ、将来実験での観測可能性を指摘した。 また、縮退スカラーシナリオを多重臨界点原理に基づいて調べた。複数の縮退した真空エネルギー密度の存在を多重臨界点と呼ぶ。標準模型の場合は量子効果により、低エネルギーと高エネルギーの両スケールの間で多重臨界点が存在することが知られている。本研究では、CxSMの場合はスカラーポテンシャルの構造の特徴から電弱スケールで多重臨界点が存在すること、多重臨界点原理が要請する模型のパラメータ領域と縮退スカラーシナリオは無矛盾であること、そのパラメータ領域が強い一次相転移実現のための条件とほぼ同等であること、などについて明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
CxSMにおける縮退スカラーシナリオは暗黒物質の起源を説明すると共に、これまでに行われてきた素粒子実験で(暗黒物質を含む)新粒子が未発見であることを新しいエネルギースケールを導入することなく合理的に説明する。しかし一方で加速器実験での素粒子散乱過程で新物理シグナルをシステマティックに抑制するという特徴を持ち、これにより縮退スカラーシナリオの実験的検証が困難とされてきた。したがって加速実験以外のステージで縮退スカラーシナリオの正当性を検証することが求められていた。特に今年度は、強い電弱一次相転移の実現可能性について調べることを研究計画に掲げていた。 宇宙の物質-反物質非対称性を説明する有力な説の一つが強い電弱一次相転移の実現である。しかしLHC実験でのヒッグス粒子探索の結果から、標準模型は強い電弱一次相転移を実現できないことが知られている。今年度行った研究では、このような強い電弱一次相転移が縮退スカラーシナリオで実現されることを明らかにしたことにより、当初立案した研究計画の一つが達成された。また物質-反物質非対称性を説明するためには電弱一次相転移の実現と共にCP対称性の破れが必要とされる。そこでスカラーポテンシャルの条件を変更し、CP対称性の破れを許した場合も縮退スカラーシナリオは強い電弱一次相転移を実現することを示したことで、予定していた研究計画がいずれも達成されたことになる。以上より、本研究課題は予定していた計画に沿って順調に進めることができたと言える。
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Strategy for Future Research Activity |
引き続き、有力な新物理シグナル抑制機構である、CxSMにおける縮退スカラーシナリオについて研究を進める。2つのスカラー粒子が縮退することによって暗黒物質とクォークの散乱振幅が抑制されることはすでに指摘されているが、振幅の相殺が起きる起源については理解されていない。また、振幅の相殺は摂動最低次の計算でのみ確認されている。そこで、縮退スカラーシナリオにおける暗黒物質-クォーク散乱振幅の相殺の起源について分析し、相殺が起きるための条件の有無について調べる。また散乱振幅の相殺が、量子補正を考慮した際にも実現されるのか否かについて調べる。 また、CxSMおよびそれ以外の拡張されたヒッグス・セクターを持つ模型の現象論的帰結および次世代コライダー実験における新物理シグナル発現の可能性について調べる。
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Research Products
(8 results)