2023 Fiscal Year Research-status Report
X線結晶構造解析を駆使した哺乳類F1の回転力発生機構の解明
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22K06159
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Research Institution | Institute of Physical and Chemical Research |
Principal Investigator |
鈴木 俊治 国立研究開発法人理化学研究所, 開拓研究本部, 客員研究員 (60618809)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | F1-ATPase / ATPase / 結晶構造解析 |
Outline of Annual Research Achievements |
F1-ATPase(以後F1)は、ATP加水分解のエネルギーにより回転する生体分子モーターで、複雑巨大な超分子複合体である。申請者はこれまでにウシF1とヒトF1のユニークなX線結晶構造解析システムを確立した。本研究課題ではこのシステムを活用し、分子モーターのどのような協同的な構造変化が回転という力を作り出すのか、ATPの化学エネルギーや基質・生成物の結合解離のエネルギーが、どのように力学的なエネルギーに変換されるのか、原子レベルで解明を行う事を目的とする。 令和4年度の研究では、ヒトF1を中心として新規中間体構造の入手を行った。その結果、リン酸解離過程の中間体構造を入手することに成功した。そしてヒトF1とウシF1の反応中間体構造は、本質的には同じであるが、違いも見られる事が分かり始めていた。 令和5年度の研究では、大量のX線結晶回折データーセットから、更なる中間体構造の入手を行うと共に、前年度得られたヒトF1の結晶構造も併せ、更なる精密化と構造分析を行った。また、これまでの成果を論文としてまとめるために、ウシF1の反応中間体構造の精密化を行うとともに、ウシF1やヒトF1の論文出版に必要な補足実験も行った。 得られたヒトF1とウシF1の構造比較の結果、同じ中間状態と思われる構造でも、回転子の回転角度は僅かに異なっていた。しかしこれは結晶中の分子間相互作用(パッキング)の違いから来ると考えられ、さほど重要ではない事がわかった。むしろ興味深いのは、リン酸解離の多段階ステップ上で、リン酸(実験ではチオリン酸)自体の結合様式、リン酸を支えている残基の構造に、興味深い違いが見られたことである。この違いは、ウシF1で解明できなかった新しい中間体状態の存在を示唆するものであり、重要な結果であると考えられる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
これまでにヒトF1の触媒反応中間体構造を複数入手することに成功し、ウシF1の中間体構造と併せて構造変化を深く議論できるようになった。得られたヒトF1とウシF1の結晶は、結晶学的にも非常に類似性が高く、両F1の結晶構造は深く構造比較できる事も判明した。令和5年度の研究で見られたウシF1とヒトF1の違いは、主に回転子の回転角度の小さな違いであったが、結晶内のF1分子の相互作用(バッキング)の状態により変化しうる事がウシF1研究から判明し、重要な違いではないと判断した。 そして得られたヒトF1の中間体構造の精密化が進み、Rf値が小さくなってくるに従い、他の部分の構造の違いが明らかになった。特に、結合している生成物リン酸(実験ではチオリン酸)の結合様式や、リン酸と相互作用する残基の構造に、興味深い違いがみられた。また、基質結合部位にMg2+とリン酸が結合した状態からの解離し始める段階でもウシF1との興味深い違いがみられる事が、分かりつつある。しかし見いだされた違いは、本質的なレベルでは、これまでウシF1研究から得られた生成物解離のモデルと同じであった。むしろこれまでの触媒反応進行のモデル上で、「なるほど、それでも良いのか」と思える、ミクロなの構造変化の順番や、相互作用や結合様式の多様性などの発見であった。研究の目的が、原子レベルで触媒反応を正確に理解することであるので、目的に即した成果であると言える。 リン酸解離過程以外にも、ウシF1の生成物ADP解離の中間体構造の精密化も行った。ADP解離中間体は非常に分解能が高いが、触媒サブユニットの一部のドメイン構造や、触媒部位の基質部分に複数の中間体構造を含んでいるため、精密化が困難な状況であった。そこで得られたヒトF1の中間体構造も用い精密化を進めた。他にもウシF1やヒトF1の論文出版に必要な、結晶構造解析以外の追加実験も行った。
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Strategy for Future Research Activity |
ヒトF1の中間体構造からは、計画当初予期していた以上に新しい発見が得られることが判明した為、未解析のX戦回折データーセットから、更なるヒトF1の中間体構造の入手を試みる。そして得られたヒトF1とウシF1の中間体構造を併せて比較・分析することにより、哺乳類F1共通の触媒反応機構を取りまとめる。また、計画している触媒反応のターンオーバー中に発生する連続的な構造変化の分析も行い、グローバルな構造変化や、基質結合部位やそれ以外の重要部位も含む局所的な構造変化が、どのように回転力に繋がっていくかも明らかにする。ヒトF1とウシF1という似て非なるものの比較は、これらの分析にも予期しない新しい発見をもたらす事を期待したい。 F1は3000残基近い巨大分子であり結晶構造の精密化に時間を要する上、構造の比較議論に多数の高分解能構造が必要なため、これまで時間を要したが、令和6年度では、得られた結果を論文として投稿する事を優先的に行う。
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Causes of Carryover |
これまでの研究により、ヒトF1の中間体構造から新しい知見を得られる事が判明した。その為、中間体構造のバリエーションの全体像をつかむために、多くの中間体構造のX線回折データーセットを解析し、多くの中間体構造を決定する事とした。その為に追加の時間を要した。 またヒトF1の中間体から得られた新しい発見により、今迄精密化した構造を再確認・再精密化をする必要性も出てきた為、その解析にも追加の時間を要した。 もともと本研究で使用するF1は、約3000残基の超分子であるため、精密化に時間を要する。それらの理由で、論文投稿が次年度にずれ込むことになった。その為、複数の論文投稿や論文投稿準備にかかる費用を次年度に計上する必要が有り、次年度使用額が生じた。
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