2022 Fiscal Year Research-status Report
「摂餌利益」による甲殻類マイクロネクトンの海洋生態系における機能評価
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22K12345
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Research Institution | Shizuoka University |
Principal Investigator |
宗林 留美 静岡大学, 理学部, 准教授 (00343195)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
西川 淳 東海大学, 海洋学部, 教授 (10282732)
松浦 弘行 東海大学, 海洋学部, 准教授 (50459484)
大林 由美子 愛媛大学, 沿岸環境科学研究センター, 助教 (60380284)
吉川 尚 東海大学, 海洋学部, 教授 (80399104)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | アスタキサンチン / サクラエビ / カイアシ類 / オキアミ類 |
Outline of Annual Research Achievements |
駿河湾を象徴する甲殻類マイクロネクトンであるサクラエビが有する抗酸化物質のアスタキサンチンを対象に、機能性物質が食物網を介して上位の栄養段階に伝播する「摂餌利益」について、2021年に採取して保存していたサクラエビ成体を分析して調査した。動物はアスタキサンチンを完全合成できず餌から獲得する。アスタキサンチンにはcis-trans異性体と鏡像異性体が存在する。その内、cis-trans異性体では、熱力学的に不安定で抗酸化力が比較的弱い全trans型が、熱や光により抗酸化力が強いcis型に変化することから、全trans型:cis型の濃度比(以降、trans/cis比)が、餌からアスタキサンチンを獲得する頻度、すなわち摂餌の活発さの指標になり得ると考えた。一方、鏡像異性体は、cis-trans異性体と同様、異性体間で抗酸化力に違いがある一方でcis-trans異性体よりも熱力学的に安定であるとされることから、餌から獲得した鏡像異性体を保持するという説と、別の鏡像異性体に変換するという説の両方がある。分析の結果、サクラエビのアスタキサンチン濃度は体長に対して指数関数的に上昇した。殻のアスタキサンチン濃度が比較的高かったことから、この関係は成長に伴う脱皮回数の低下で説明できると考えた。trans/cis比は、植物プランクトン生物量の指標であるクロロフィルa濃度と正に相関し、一次生産が高く餌が多いと体内の全trans型の濃度が相対的に高まる、つまり、trans/cis比が摂餌の活発さの指標になり得ることを示した。一方、全trans型の鏡像異性体の組成は、サクラエビ成体の主要な餌と考えられるカイアシ類やオキアミ類のものと異なり、サクラエビは鏡像異性体を体内で変換する、つまり、餌から得た「摂餌利益」を変換している可能性が高いことがわかった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
サクラエビ成体とその主要な餌候補であるカイアシ類とオキアミ類を対象に、2021年4月から2023年4月現在までほぼ毎月駿河湾で採集を行った。今年度は、その内の2021年のサンプルを分析し、アスタキサンチンの異性体の関係を明らかにすることができた。また、サクラエビについて個体全体の分析に加え、卵、殻、胃、胃内容物についても分析を行い、それぞれのアスタキサンチンの濃度と異性体組成を明らかにし、餌から獲得したアスタキサンチンの異性体がどの様に体内や子孫に配分されるかについて重要な情報を得ることができた。更に、餌候補であるカイアシ類とオキアミ類を分析した結果、全trans型の鏡像異性体組成が両者で全く異なっていること、そしてサクラエビの鏡像異性体組成とも異なることを見出した。この結果は、本課題の主題である「甲殻類マイクロネクトンは餌から獲得した摂餌利益(この場合はアスタキサンチンの各異性体固有の抗酸化力)をそのまま高次の栄養段階に伝達するか、それとも変換して伝達するか」という問いに対して後者を支持する結果であり、初年度に成果を出せたことは大きな前進である。また、カイアシ類とオキアミ類のアスタキサンチンの異性体組成の違いから、動物プランクトンについても「摂餌利益の変換」が生じていることが予想された。この成果は、甲殻類マイクロネクトンを中心とした食物網における「摂餌利益の伝達」についての理解を深めるものであり、初年度にこの成果を出せた意義は大きいと判断した。
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Strategy for Future Research Activity |
サクラエビにおいてアスタキサンチンの鏡像異性体の変換、すなわち、「摂餌利益の変換」が生じている可能性が極めて高いことが明らかになったことから、次年度は、サクラエビ以外の小型甲殻類ネクトンを採集し、そのアスタキサンチン濃度と異性体組成を分析することで小型甲殻類ネクトンにおける「摂餌利益の変換」の種間の違いを明らかにする。また、アスタキサンチンの濃度や異性体組成が「利益」として実際に機能していることを明らかにするために、飼育実験に着手する。更に、餌候補であるカイアシ類とオキアミ類についてアスタキサンチン濃度および異性体組成と種との関係を調べることで、小型甲殻類ネクトンが獲得する「摂餌利益」と食物網構造の関係を考察する。 2023年4月はサクラエビが近年まれに見る豊漁となった。これに対し、本研究は不漁(2021年~2022年)から豊漁(2023年春)に向かう期間におけるサクラエビとその餌(カイアシ類とオキアミ類)の生理状態をアスタキサンチン濃度と異性体組成から解析し、資源量と生理状態の関係を餌も含めて明らかにすることでサクラエビの資源保護に貢献したい。この作業は、本研究の主題である「摂餌利益の伝達による食物網の機能評価」の産業(水産)への活用を確認するものであり、本研究にとって極めて重要な位置を占めると考えられる。
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Research Products
(1 results)