2023 Fiscal Year Research-status Report
パリ・オペラ座バレエにおける「民主化」の動向:アカデミズムと民主主義の間で
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22K13018
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Research Institution | Tokyo Metropolitan University |
Principal Investigator |
越智 雄磨 東京都立大学, 人文科学研究科, 准教授 (80732552)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2026-03-31
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Keywords | パップ・ンディアイ / 多様性 / オリエンタリズム / ポスト・コロニアリズム / パリ・オペラ座 / ストリートダンス |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度ははパリ・オペラ座の民主化動向として、『パリ・オペラ座における多様性に関するレポート』(2020年)および2019年にバスティーユ館で上演されたクレマン・コジトール演出、ビントゥ・デンベレ振付による『優雅なインドの国々』の再演(2019)についての調査および分析を行った。 前者のレポートでは、パリ・オペラ座がムラート(セネガル系黒人とフランス人の混血)である歴史学者パップ・ンディアイに執筆依頼をしたことに着目し、白人が中心となって構成されているパリ・オペラ座がブラックスタディーズの成果を取り入れ、文化的多様性を取り込もうとしていることがわかった。さらに18世紀以降のオペラ演目に関して、コロニアリズム、オリエンタリズム、人種差別を反映してきたことを反省し、旧来からのレパートリー作品に関する修正や新しい解釈の必要性に関しても明文化され、課題として認識されていることがわかった。 実際、パリ・オペラ座では旧来的なオリエンタリズムの修正と文化的多様性を反映する演目づくりに注力している例が見受けられる。上記レポートの刊行年と前後するが、2019年に発表された『優雅なインドの国々』の新演出がその顕著な例として挙げられる。この作品の初演は1735年であるが、当時の台本からは「インド」としてまとめられている非ヨーロッパ圏に対するヨーロッパの優位性が読み取られる。しかし、この新演出ではセネガル出身の黒人振付家ビントゥ・デンベレを招き、有色人種のストリートダンスのダンサーが出演することになった。オリジナル版にもある「平和のパイプのダンス」をこれらストリートダンスのダンサーが現代のダンスバトルに置き換え、圧倒的な存在感を示した。この場面は、「geste marron」と呼ばれる黒人奴隷が植民地支配から脱する身振りの精神が根幹にあることが振付家のインタビュー記事調査から明らかになった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
『パリ・オペラ座における多様性に関するレポート』を調査、読み込むことで、人種差別の撤廃や多様性の導入に関して、フランスで最大の公的助成金が投入されている劇場であるパリ・オペラ座が、いかに取り組もうとしているか、多様性の表象に向かうその理念をある程度明確に理解することができた。また当初の研究計画にはなかったが、『優雅なインドの国々』という作品を調査の過程で発見し、その新演出がオペラ座の「民主化」の理念を具体化しようとする作品として評価、位置付けることができた。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究課題としては、パリ・オペラ座という劇場の空間的境界が必然的に持つ、排他的構造について、オペラ座がどのように意識して、どのような対応を取ろうとしているのかを研究する必要がある。その顕著な事例としては、パリ・オペラ座が現代アーティストJRに演出を委嘱したパリ・オペラ座前広場におけるパブリック・プロジェクトが挙げられる。 また、パリ・オペラ座の元芸術監督のバンジャマン・ミルピエが果たした、あるいは果たそうとしたオペラ座の「民主化」について、調査し、再評価したいと考えている。パリ・オリンピックが開催される2024年にはカルチュラル・オリンピアードの一環としてバンジャマン・ミルピエによるパリ市内の複数の公共空間で行われるダンスプロジェクトも予定されており、出演者はパリを活動のベースにしながらも多様な民族的・文化的背景やアイデンティティをもったアーティストで構成されている。これらの事例について今後調査をすることでパリ・オペラ座の「民主化」の達成点と限界点を明らかにしたいと考えている。
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Causes of Carryover |
海外出張に際して、鉄道チケットを購入したがそこに含まれている保険料が支出の対象外であったため、わずかに差額が生じた。
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