2022 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
22K13069
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Research Institution | University of Toyama |
Principal Investigator |
秋田 万里子 富山大学, 学術研究部人文科学系, 講師 (10914939)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2026-03-31
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Keywords | アメリカ文学 / ユダヤ系文学 / ホロコースト |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、21世紀になり盛んに生み出され続けるホロコースト第三世代の作品群を、主に①「実際の証言や記録に基づいて描かれたホロコースト生存者の伝記的作品群」、②ホロコースト理解における真実と虚構の衝突を描いた作品群」、③「ホロコーストを芸術的効果として用いた作品群」に分類し、ホロコースト・ナラティブの新たな潮流を明らかにすることを目的とする。 令和4年度は①の研究を重点的に進めた。①の研究対象として、ユダヤ系アメリカ人作家Julie Orringer (1973- )の長編The Invisible Bridge (2010)に焦点を当てた。本作は、第二次世界大戦中のハンガリーを生き延びた作者の祖父の経験をベースとし、極めて詳細な戦時下の社会情勢の記述、主人公をはじめとする実在の登場人物への実名の使用など、「事実」への忠実さを志向する伝記的小説の体裁を保っている。しかしその実、物語自体は、作者の想像力によって自由に描かれた、苦難の時代を生き抜く普遍的な家族愛の話であった。 直接的な記憶を持たない者によるホロコースト・ナラティブには、伝統的に、歴史の歪曲を防ぐためや生存者への配慮等の理由から、様々な暗黙の制約(ホロコーストの残虐な場面を直接的に描いてはいけない、等)が生じていた。しかしながらThe Invisible Bridgeにおける自由な表現を鑑みると、戦後70年以上経過した今日では、作家による自由なホロコースト表象が次第に許容されつつあることが窺える。一方で、作品のテーマが普遍的な方向に傾きすぎており、ユダヤ系アメリカ文学の新しい潮流として位置付けるには民族性の希薄さが否めない。ホロコーストを題材として扱った作品が次々と量産される中、何をもって第三世代のホロコースト・ナラティブとするか、再検証の必要がある。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
前年度、②の研究対象として扱ったJonathan Safran Foer (1977- )のEverything Is Illuminated (2002)は、ファンタジーやポストモダニズムの要素を盛り込んだ実験的な作風ではあるものの、その物語自体は、若い世代にとっての歴史理解の難しさや、それを語る権利の是非、先祖の記憶へのアクセスを通じた民族的アイデンティティの確立といった、ホロコースト・ナラティブやユダヤ系文学の伝統的テーマを踏襲するものであった。それに対しThe Invisible Bridgeは、史実への詳細さにも拘わらず、物語のテーマは普遍的であり、民族性が希薄である。 このことから、①群の代表として考察した本作は、この枠に当てはまらない可能性が出てきた。また、本作をユダヤ系文学の文脈で考察し、ユダヤ系文学の系譜に位置付けることに再検証が必要であることが分かった。結果的に①の研究について初年度のうちに結論を出すに至らず、成果を公表することができなかった。
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Strategy for Future Research Activity |
令和5年度は、①~③の作品群の定義を再検討した上で、The Invisible Bridgeをユダヤ系文学やホロコースト・ナラティブの伝統の中でどのような位置を占めることができるか結論を出す。この成果は、令和5年度中に共著の一章としてまとめる予定である。 並行して、直接的な記憶を持たない世代が直面する、過去の真相を知ることの難しさ/不可能性をテーマとした作品群の研究も進めていく。この問題は第三世代のみに当てはまるものではないため、第二世代の作品と比較した上で、第三世代固有の作風を発見する。この研究成果は、令和5年度に、エスニック文学の未来について議論するシンポジウムで、「ユダヤ系文学の新しい潮流:第三世代のホロコースト・ナラティブ(仮)」という題目で口頭発表する予定である。
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Causes of Carryover |
新型コロナウイルスの感染拡大により、学会・研究会がオンライン開催となったため、当初旅費として計上していた経費を使用することがなくなり、結果として次年度への繰り越しが生じた。令和5年度は、各地の図書館への資料の収集や、学会・研究会への対面参加を積極的に行い、それらの活動にこの繰越金分を充てる予定である。
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