2022 Fiscal Year Research-status Report
Molecular dynamics of dehydration / freeze resistance
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22K18694
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Research Institution | Ritsumeikan University |
Principal Investigator |
長澤 裕 立命館大学, 生命科学部, 教授 (50294161)
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Project Period (FY) |
2022-06-30 – 2024-03-31
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Keywords | クリプトビオシス / 過渡吸収スペクトル / ガラス転移 / Red-edge効果 / トレハロース / 耐凍結性 / 耐乾燥性 / 蛍光励起スペクトル |
Outline of Annual Research Achievements |
糖のガラス転移は、生物の耐乾燥性・耐凍結性に関与していると考えられている。糖ガラス中では極度に分子運動が抑制され、生体物質の劣化に関与する不要な化学反応を防止する。そこで、我々は、(a)蛍光のred-edge効果(REE)の観測と(b)時間分解分光という2つの手法による研究を行っている。通常、蛍光スペクトルは溶液中において励起波長依存性を示さない。これは、励起状態におけるエネルギー緩和は、一般的な励起状態寿命よりも短い時間で起こるため、ほとんどの蛍光が最低励起状態から発することに起因する。ところが、極めて粘度が高いガラス等の媒質中では分子運動が抑制され、励起状態における緩和も遅くなり、REEが起こるようになる。我々は糖ガラス中の色素Auramine O (AuO)の REEについて、励起波長依存性の詳細を検討し、論文として報告した。【Cryobio. Cryotech., 68(2), 49 (2022)】 また、光合成は地上に生活する生物すべてのエネルギー源であり、これに糖のガラス転移がどのように影響を与えるか、興味がもたれる。とくに、極地に生息する藻類等は極寒状態で凍結してしまうと、その間、光合成を静止しなくてはならない。そこで、光合成細菌の光捕集アンテナであるLH3について予備的な実験を行った。LH3は2つのbacteriochlorophyll色素団B800とB820により太陽光を捕集する。B800を酸化反応により3-acetyl chlorophyllに化学的に変換した系について、フェムト秒過渡吸収スペクトル測定を行った。その結果、3-acetyl chlorophyllからB820への高効率なエネルギー移動を観測できたので、論文として発表した。【J. Phys. Chem. B, 127(12), 2683 (2023)】
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
溶液中において、通常、蛍光スペクトルは励起波長依存性を示さない。これは,励起状態におけるエネルギー緩和(振動・構造緩和,溶媒和等)はピコ秒領域で高速に起こるのに対し、一般的な有機色素の励起状態寿命は数ナノ秒以上あるため、ほとんどの蛍光が最低励起状態から発することに起因する(Kasha則)。分子の光励起は瞬間的に起こる垂直遷移であるため、基底状態の極小にあった分子は励起状態の極小とは異なるところに遷移し、その後、極小へとエネルギー緩和する。溶液中ではこの緩和が高速で起こるため、蛍光のほとんどが極小に達した後に放射され、蛍光は励起波長依存性を示さない。ところが、ガラス等の極めて高粘度な媒質中では分子運動が抑制され、励起状態における緩和も遅くなり、蛍光スペクトルの極大が励起波長に依存してシフトするようになる。この効果は、おもに0-0遷移近傍の吸収スペクトルの長波長端を励起した際に顕著に観測されるため、red-edge効果(REE)と呼ばれる。 本研究では、糖ガラス等のアモルファス中における分子運動凍結の度合いを定量的にREEにより計測し、実際にどのような分子運動が凍結しているか、フェムト秒過渡吸収スペクトル測定で観測することを目的としている。分子運動は低温で抑制されるため、これら2つの分光学的手法について、温度依存性の実験を行う予定であった。そのため、低温実験が可能なクライオスタットを購入する必要があったが、機種選定に手間取ってしまった。最終的には、ユニソク社の分光用クライオスタットCoolSpeK (広角型)を購入した。広角型は開口径が大きいため、2つのビーム(ポンプ光とプローブ光)を挿入する必要のある時間分解分光に適している。また、REE実験用にはNMR試料管で蛍光測定が行える専用ホルダーを購入した。これらの新規な実験機器により、今後は迅速に研究が進むことが期待される。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究は、以下のような3つの方策により推進していく。 (i) 糖ガラス中の分子ダイナミクスのプローブ分子の開発。 (ii) 2次元蛍光励起スペクトル等の定常状態測定。 (iii) フェムト秒時間分解過渡吸収スペクトル測定等の超高速分光法。 まず、(i)において水に可溶なプローブ分子の開発を行い、それらを用いて(ii)や(iii)の分光学的研究を行う。プローブ分子の候補としては、無輻射失活、プロトン移動、trans-cis光異性化反応、光開環反応、電子移動等の化学反応を起こすものが挙げられる。生体分子や糖類は有機溶媒に難溶であり、すべての生化学的な化学反応は水溶液中で起こる。既製品として存在する水に可溶な分子に関しては、業者より購入したものをそのまま実験に使用できる。たとえば、色素indigo carmineについては、分子内水素結合を介したプロトン移動が報告されている。これが糖ガラス中でどの程度抑制されるか検証することが可能と考えている。さらに、indigo carmineのアミノ基のプロトンをその他の置換基で置き換えて水素結合を切断すると、trans-cis光異性化反応を水溶液中や糖ガラス中で行うことができる可能がある。光開環反応に関しては、紫外光照射により着色するフォトクロミズムを示すスピロピラン類の水溶性誘導体を開発・利用することを計画している。また、電子移動は植物等が行う光合成の重要な初期過程でもある。とくに寒冷地に生息する地衣類等が行う光合成において、凍結時に電子移動が停止してしまうと、捕集された光エネルギーが蓄積し、活性酸素の発生を促進して生体組織を破壊してしまう。そこで、凍結時には光エネルギーの蓄積を抑制するなんらかの機構が存在すると考えられる。この抑制機構解明のため、光合成系の生体物質を取り扱うグループとの共同研究を計画している。
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Causes of Carryover |
クライオスタット購入時に、その機種選定に手間取ってしまい、研究がやや遅れたため次年度使用額が生じた。今後、遅れた分の研究を早急に進め、その消耗品費(試料や溶媒、クロマトグラフィ溶シリカ等の購入費)として使用する計画である。
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Research Products
(14 results)