2022 Fiscal Year Research-status Report
新規に開発したクマムシ遺伝子発現ベクターを用いた、乾燥耐性の分子基盤解析
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22K19302
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Research Institution | Center for Novel Science Initatives, National Institutes of Natural Sciences |
Principal Investigator |
田中 冴 大学共同利用機関法人自然科学研究機構(新分野創成センター、アストロバイオロジーセンター、生命創成探究, 生命創成探究センター, 特任助教 (60770336)
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Project Period (FY) |
2022-06-30 – 2024-03-31
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Keywords | 乾燥耐性 / クマムシ / トランスジェニック / ライブイメージング |
Outline of Annual Research Achievements |
乾燥耐性をもつクマムシという微小動物では、乾燥時に体内の水分量を3%以下まで低下させた無水生命状態(乾眠)に入ることが知られている。この状態では、酸素消費やタンパク質合成などの代謝は一時的に停止しているが、給水後10分ほどで元の状態に戻ることができる。クマムシのこの乾眠能力は、生体の完全な乾燥保存方法の良い手本であるだけでなく、生き物のなかの自由な水分子が存在しない状態として「生命に水は必須である」という生物学的な常識に切り込むことができるという点でも非常に興味深い。 これまで、クマムシの乾眠機構の解明に向け、ゲノムやプロテオームなどのオミクス解析をおこない、いくつかの乾眠候補遺伝子を同定してきた。さらに本研究では、新たな技術としてクマムシ独自のin vivo発現システムの開発をおこなうことで、それら候補遺伝子をクマムシ個体内で強制発現させることに成功した。この新規に開発したクマムシ専用の遺伝子発現ベクターをTardiVecと名付け、非モデル生物クマムシにおけるライブイメージングの基礎を構築した[S. Tanaka et al. PNAS, 2023]。このTardiVecはクマムシゲノム由来を配列を含むことで、組織特異的な発現パターンを示し、10日間以上導入したDNAとその発現産物を維持することができることから、ゲノムに直接組み込んだものとほぼ同等に扱うことができると言える。本研究ではこのTardiVecを用いて、クマムシ個体内の細胞において候補遺伝子を強制的に発現させることによって、候補タンパク質の細胞内挙動や乾燥耐性への寄与を調べた。その結果、これまでに乾眠候補遺伝子として挙がっていたクマムシ固有の遺伝子が、全身に発現するのではなく、組織特異的に発現することが明らかになった。これにより、それぞれの細胞種により乾眠機構に用いている遺伝子が異なる可能性が示唆された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究において研究代表者が開発したTardiVecは、クマムシのゲノム由来の遺伝子上流及び下流領域を含むプラスミドDNAであり、マイクロインジェクションとエレクトロポレーションを用いて80%以上のクマムシ個体にGFPなどの外来遺伝子を発現させることができる。TardiVecは、1)ゲノム解読済みのヨコヅナクマムシとヤマクマムシだけではなく、Thuliniusやオニクマムシなど真クマムシ綱内で使用可能であること、2)プラスミドDNAおよび発現産物は10日以上クマムシ内で維持され続けることという特徴をもつことが明らかになった。また、クマムシ固有遺伝子のプロモーター領域は、CAHSが表皮、SAHSが体腔の貯蔵細胞に特異的な発現パターンを示すことも明らかになった。さらに、SAHSタンパク質をGFP融合型タンパク質として強制発現させると、体腔細胞から分泌され全身に広がることが確認された。また、カルシウムインジケーターであるGCaMPを用いた実験では、TardiVecによりN末からC末まで途切れなく転写翻訳されていること、乾眠後であってもGCaMPのインジケーター能力が観察されることが明らかになった。完全に乾燥した個体は生物とは光の透過が異なるため観察がやや困難であることも、本研究で初めて明らかになった問題点でもある。乾眠状態の観察は難しいが、その前後の乾眠導入期と給水後の復帰期であれば詳細な観察が可能だと考えられる。以上の結果は研究成果として、国際学会および国内の複数の学会や研究会で発表した他、S. Tanaka et al. PNAS, 2023として国際学術雑誌に掲載され、プレスリリースをおこない、国内の複数のメディアでも紹介された。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度までにTardiVecを用いたクマムシにおけるライブイメージングの基礎はほぼ確立できたといえる。ただし、乾眠の前後における細胞内をより詳細に観察するには、適切な支持体や顕微鏡の選定がさらに必要であるといえる。クマムシ固有遺伝子であるCAHSはin vitroやヒト培養細胞内で繊維様の構造体を形成することが複数のグループから報告されており [M. Yagi-Utsumi et al., Sci. Rep., 2021, A. Malki et al., Angew. Chem. Int. Ed Engl. , 2021, A. Tanaka et al., PLoS Biol., 2022]、次の段階として、CAHSの繊維構造が実際に乾眠時にクマムシ細胞内でも形成されているかが重要な点となっている。研究代表者はS. Tanaka et al. PNAS, 2023においては、CAHSの繊維構造が観察されなかったことを報告しているが、観察手法を改善することにより、より高解像度でクマムシの細胞内をライブイメージングできるようにすることが求められている。クマムシはクチクラ性の外皮を持つことから、そのままの観察では光学的な問題を突破できない可能性もあるため、クマムシ細胞のプライマリーカルチャーを検討することで健常な状態でクマムシ細胞の観察を長時間おこなうことができるようなシステムを構築することも検討中である。これにより、CAHSの繊維構造の観察に加え、細胞膜や細胞小器官が乾眠前後でどのような動態を示すかを明らかにしたい。また、TardiVecはクマムシ研究を大きく飛躍させることが期待される技術であり、国内国外の研究者にプラスミドDNAの分与や技術の伝授を積極的におこなうことで、クマムシ研究全体の発展に貢献していきたいと考えている。
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Causes of Carryover |
COVID-19の影響で機器類の納入に遅延が生じた。また、査読論文のリバイス実験が挿入されたため、一部の実験計画が後ろ倒しになった。よって、次年度に後ろ倒しになった実験をおこなうために使用する。
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