2022 Fiscal Year Research-status Report
碑文資料を用いたギリシア語初期叙事詩の言語研究の書き換え
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22K20016
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
松浦 高志 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 助教 (70963114)
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Project Period (FY) |
2022-08-31 – 2024-03-31
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Keywords | 接語 / 句読点 / ミュケーナイ・ギリシア語 / ミュケーナイ文明期ギリシア語 |
Outline of Annual Research Achievements |
研究実施計画にもとづき,まずはミュケーナイ文明期ギリシア語(線文字B)関連の第一次文献と第二次文献の購入を重点的に行い,文法事項,すなわち表記体系や形態論に関しての一般的なことについて,主に第二次文献を用いて調査を行った.これによりミュケーナイ文明期ギリシア語のテキストを,現在の研究水準に則りできるだけ正確に読み解けるようになった.以上の調査が必要となったのは,研究実施計画に記したとおり,本研究の出発点となった博士論文では,ミュケーナイ文明期ギリシア語において接語(clitic,前または後の単語と一緒に発音される語)がどのように扱われているかについての研究を,テキストが不確実であることが理由で割愛したためであり,したがってまずはテキストを正確に読み解けるようにする必要があったためである.
その後,ミュケーナイ文明期ギリシア語に関する最近の研究の概観を行った.その結果,今回の研究,すなわち伝統的な文法学において接語と見なされている単語,あるいは接語と見なされてはいないが,碑文等に見られる特徴を調べることにより接語としての性質をもつことが想定される単語についての研究に対して,新たな知見をもたらしたり,今までの知見に関して大きな変更を求めるものはないだろうことが,主に第二次文献の調査で判明した.その後,第一次文献を用いてそれの検証を行っている途中であるが,特にこの調査を否定する結果は見つかっていない.したがって,少々否定的ではあるが,接語に関して行った現在までの研究に関して,ミュケーナイ文明期ギリシア語を用いることにより,何か重要な新しい知見が加わることはおそらくないが,しかし現在までの研究を否定することもない,という一応の結論が導かれた.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
ミュケーナイ文明期ギリシア語の調査に時間を要してしまったため,研究全体が少々遅れている.これは,ミュケーナイ文明期ギリシア語研究が,ギリシア語初期叙事詩をはじめとするその後の文学等の研究に与えている影響が近年は少なくなってきているため,研究実施計画の段階ではこの調査にあまり時間を要しないだろうと判断してしまったことが原因である.また,アルファベット期のギリシア語碑文では句読点等の用法により定動詞のアクセントの有無がわかる例があることを博士論文で指摘したが,ミュケーナイ文明期ギリシア語ではその例が存在しないであろうと予測されることが,主に第二次文献の調査により判明した.したがって研究計画で想定していた結果を得られなかったという点で少々進捗が遅れている.ただしこの調査は計画では1年半を要するものとしているため,あと半年の間に主に第一次文献の調査を継続して行うこととする.
また,やはりミュケーナイ文明期ギリシア語研究の調査に予想外に時間を要してしまったために,次の段階で行う予定であったHermann架橋についての研究に取り掛かるのが少々遅れてしまっている.
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Strategy for Future Research Activity |
まずミュケーナイ文明期ギリシア語に関しては,ある単語が接語として扱われるかどうかに関して新たな知見をもたらす可能性は低いことがわかった.したがってこれ以上調べる必要性はあまり認められないが,定動詞が用いられている箇所の網羅的な検討がまだ済んでいないため,これを引き続き行う.なぜなら,定動詞が接語としての性質をもつことをアルファベット期のギリシア語碑文を用いて示せることを博士論文で指摘したため,それの補強となる場合を見つけることができる可能性があると考えているためである.
次に,遅れている初期叙事詩におけるHermannの法則と定動詞の接語としての性質との間の関係について研究を進める.先行研究を踏まえつつ記述していく必要はもちろんあるが,基本的には博士論文で論じた内容を適用し,Hermannの法則に違反していると見える箇所に対して注釈を付けていく形になるので,何らかの成果を挙げることはできると考えられる.
さらに,接語に関する新しい論考を参照して研究を進める.S. Roussou and P. Probert, Ancient and Medieval Thought on Greek Enclitics (Oxford, 2023)が1ヶ月ほど前に出版されたが,これは接語に関して詳細に論じた,近代においてはほとんど初めての著作である.もっともこの著作が扱う古代や中世の文法学者についての見解は本研究の直接の対象ではないが,接語に対する考え方についての新しい考え方が提示されており,定動詞の接語としての性質に関する議論全体に影響を与えている可能性もあるため,それを吟味しつつ研究を進める.
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Causes of Carryover |
イタリアから取り寄せている図書が年度内に到着しなかったために次年度使用額が生じている.それらの図書が今年度の早い段階で到着するよう発注した書店に督促を行い,翌年度分として請求した助成金と合わせて使用できるようにする予定である.
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