2022 Fiscal Year Research-status Report
A Study on "Storytelling" as a Method of Adult Literacy Education in Bhutan, a Multilingual Society
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22K20297
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Research Institution | National Museum of Ethnology |
Principal Investigator |
佐藤 美奈子 国立民族学博物館, 人類基礎理論研究部, 外来研究員 (20964993)
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Project Period (FY) |
2022-08-31 – 2024-03-31
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Keywords | 成人識字教育 / 語り / ブータン / ナラティヴ・アプローチ / オーラル・ヒストリープロジェクト / 自己肯定感 / ノンフォーマル教育 / 自己実現 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、ブータンの成人女性を対象としたNFE(ノンフォーマル教育)の開発と実践を、アクション・リサーチの手法でおこなう社会言語学的研究である。ブータンでは、学校教育の急速な普及の陰で、教育経験がないことで否定的な自己観を抱く女性が少なくない。本研究の目的は、第1に、学習者主体のNFE環境を整備し、「語り」を軸とするリテラシー教育を通して女性たちの自己肯定感を育むことである。第2の目的は、その方法を「ナラティヴ・アプローチによる自己肯定感を育むリテラシー教育」として体系化し、新たなNFEプログラムの開発を進めることである。そのために、第1段階として、ブータン全国のNFE教室を対象に学習ニーズ調査を実施し、「状況に根ざしたリテラシー」(Barton, et al. 2000)の基盤を固める。次に第2段階として、ナラティヴ・アプローチを地域ベースでリテラシー教育に取り入れた「オーラル・ヒストリー・プロジェクト」を実践し、ブータンのNFEを中央政府主体の現行体制から共同体主体の取り組みとすることをめざす。 本年度は計画の初年度として、ブータン現地を訪問し、COVID-19禍で中断していた学習ニーズ調査を再開した。この数年間で急速に変化した状況を再確認し、「オーラル・ヒストリープロジェクト」導入のための基礎データの採取に重点を置いた。同時に、政府関係当局(NFEを管轄する教育省成人教育部門)やブータン女性協会の代表者と対談し、互いの調査結果を共有し、今後の協力関係を築いた。西部と中央部のNFEの教室を訪問し、学習者とインストラクターにインタビューしたほか、NFEの学習者らの子どもたちが通う地域の小学校の教員、NFEの卒業生や学習者の家族、さらにドロップアウトした学生にも話を聞き、NFEを取り囲む生活環境の総体的理解を深めた。方向性の見直しも含め、今後の足掛かりを得ることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の当初の計画では、初年度である本年度は、2017年に本研究者がブータン西部と中央部で実施した学習ニーズ調査を全国規模に拡大し基礎データを揃える計画であった。しかしながら、2023年3月の現地調査の段階で西部と中央部の再調査がようやく済んだ状況であり、東部と南部は2023年9月におこなう予定である。調査が遅れた理由は、大きく2つある。1つは、2022年9月にブータンの観光税が従来の1日65ドルから200ドルに大幅に値上がりし、当初計画していた2か月の滞在が10日間に短縮せざるを得なくなったからである。もうひとつの理由は、COVID-19でブータンの状況が一変し、改めて再調査する必要が生じたことによる。そのため2023年3月の調査では、西部都市部と中央部農村部のノンフォーマル教育教室を再訪問して現状を再調査したことから、当初予定していた規模のデータがまだ揃っていない状態となった。しかしながら、ここ数年間に一段と進んだ全国的な人の移動で生じた変化を再確認できたことから、再調査の意義は大きかったと考える。 その一方で、当初予定していた以上の大きな進展が3点あった。第1は、ブータン教育省成人教育部門(ノンフォーマル教育の管轄部局)およびブータン女性協会と協力関係を築き、互いの調査結果を共有することができたことである。第2は、ブータン社会の精神基盤としてある仏教界(僧院と尼僧院)との関係を築くことができたことである。第3は、中央部の農村で小中学校の教員らが独自でおこなっている民話採集の活動と出会ったことである。それにより今後、当初の計画を一部変更し、本研究が新規で導入を計画していた「オーラル・ヒストリープロジェクト」を、ブータン農村部の草の根で既に始まっている民話プロジェクトに融合し、その発展形として進めていく方策へと改めることを計画している。
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Strategy for Future Research Activity |
2023年度は、本研究の最終年度として2つの活動を並行して進めていく。第1の活動は、調査が完了していないブータン東部と南部のNFE教室への訪問調査である。東部と南部は、非ゾンカ語圏(ブータンの国語「ゾンカ語」以外の言語圏)であることから、NFEは識字教育(ゾンカ語と英語)に加えて、ゾンカ語の口語教育の場ともなっている。ゾンカ語圏とは異なる地域の現状を明らかにするとともに、これまでの調査(西部と中央部)同様、NFEの現場と、それを取り囲む学習者の家庭環境、および地域社会を全体的な視点から明らかにする。 第2の活動は、既にブータン中央部(Trongsa)で地元の小中学校の先生たちが草の根でおこなっている民話採集の活動と、本研究が予定していたオーラル・ヒストリープロジェクトを結びつける取り組みをおこなうことである。それにより子どもたちのフォーマル教育(FE)と、その母親たちによるNFEをつなげ、地域の生涯教育へと発展させる計画である。 先行研究および本研究の当初の計画段階では、人びとの移動は「離村向都」として捉えられてきた。しかしながらこれまでの本研究の調査から、新たな状況が次々と明らかになっている。政府によるダム建設プロジェクトや大規模な地域病院の建設、陸軍キャンプ地等、都市部以外の、むしろ山間部や農村部に新たなコミュニティが人工的に作られたことで、異なる言語民族の混淆が急速に進んでいる。しかも「コロニー」として地元の地域社会とも隔絶されることで、第二世代の子どもたちは、両方の親のどちらの言語も、また地元の地域言語も継承しない、ゾンカ語を共通語とする独自の言語現状のなかで育っていることが明らかになった。当状況を踏まえ、本研究のオーラル・ヒストリープロジェクトは、地域社会の民話のみでなく、ブータン全国出身の親の出身地域の民話も含めた継承プロジェクトとして推進していく方針である。
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Causes of Carryover |
翌年は、2023年9月にブータン東部と南部で現地調査をおこなう。また、中央部のTrongsaで既に地域の小中学校の先生方が開始している民話の採集活動に加わるためと、調査結果を共有するために西部で教育省および女性協会の代表者と再度、対談をおこなう予定である。そのため東部と南部で滞在したあと、短期で中央部と西部をも訪問する計画であり、本年度以上にブータンでの調査費用が大きくなることが予想される。次年度使用額として生じた分は、次年度の調査費用の不足を補う目的による。 さらに、本年度と次年度の調査結果とその分析を踏まえて、学会等での発表と、論文の執筆をおこなっていくためにも、助成金が必要である。国内外での学会発表、および論文の執筆に必要な書籍、英語論文の校閲のための費用として使用する。
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