2022 Fiscal Year Annual Research Report
野外ミジンコ個体群の長期共存を支える休眠卵生産の分子基盤の解明
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22J00738
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | Utsunomiya University |
Principal Investigator |
丸岡 奈津美 宇都宮大学, バイオサイエンス教育研究センター, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2022-04-22 – 2025-03-31
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Keywords | ミジンコ / 共存機構 / 絶対単為生殖 / 休眠 / 種内競争 / ゲノム編集 / 幼若ホルモン |
Outline of Annual Research Achievements |
報告者は、山地湖沼に生息する絶対単為生殖型ミジンコ2系統(JPN1, JPN2)は、餌をめぐる競争に優劣があるが、競争劣位なJPN2系統では休眠卵生産頻度が高いことを示し、この形質が劣位系統の個体群維持に重要であることを明らかにした。本課題の目的は、系統間の休眠卵生産の違いを生む分子基盤を明らかにすることである。 ミジンコ属は環境に応答し急発卵と休眠卵を産み分けるが、運命決定がいつ、どのように起こるかわかっていない。本年度は、休眠卵・急発卵抱卵前後の個体を用いたRNA-seq解析により、休眠卵生産前特異的に発現変動する遺伝子を探索した。結果、19候補遺伝子が選抜され、うち幼若ホルモン(JH)の分解酵素の発現が休眠卵生産前に高いとわかった。JHはミジンコ属では雄生産を誘導するが、休眠卵生産への関与は明らかになっていない。そこで、休眠卵生産頻度の異なる2系統を用いたJH暴露実験を実施した。暴露によりJPN2では、急発卵が作られる高餌濃度下でも多くの個体が休眠卵を生産したが、JPN1では休眠卵は誘導されず、多くの個体が急発卵を生産した。さらに、JPN1ではJH暴露で雄が誘導されたのに対し、JPN2では高濃度のJH暴露でも雄は作られなかった。加えて、JPN2系統で暴露タイミングを変えると、抱卵2回前の齢での暴露が休眠卵の誘導に必要であると示唆された。以上より、JHは特定の齢において休眠卵生産を正に制御すること、休眠卵生産頻度の異なる系統間で休眠卵生産に対するJHの感受性が異なることがわかった。また、系統間でJHを介した雄生産能にも違いがあり、休眠卵生産の違いに関与する可能性がある。 また、報告者は卵へのマイクロインジェクションを習得し、RNA-seqとRT-qPCRによって休眠卵生産前に発現が高いとされた1遺伝子について、CRISPR/Cas9法によるノックアウト系統の作製に成功した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
当初の計画通り、本年度は休眠卵生産頻度の異なるミジンコ2系統(JPN1, JPN2)を用いたRNA-seq解析を実施し、休眠卵生産前特異的に発現変動する19候補遺伝子を得ることができた。候補遺伝子の多くはミジンコ属では機能が未知であったが、キイロショウジョウバエでのオーソログ遺伝子の機能から、代謝産物の解毒や長鎖脂肪酸の生合成に関わると予想されるものが含まれた。さらに、幼若ホルモン(JH)の分解酵素と推定される遺伝子も含まれた。JHは昆虫類で脱皮や変態を制御する重要なホルモンであり、ミジンコでも性決定に関与すると報告されている。JH類似物質は工業的に生産されているので、暴露実験により休眠卵生産への関与を検証できた。結果、休眠卵生産頻度の高いJPN2系統ではJHが休眠卵生産を正に制御することが示された。一方、同種の休眠卵生産頻度の低いJPN1系統では、暴露によってJPN2系統と同様、成熟の遅延は見られたが、卵生産はほとんど影響を受けなかった。また、JHは雄生産を誘導することが知られていたが、JPN1ではJH暴露で雄が誘導されたのに対し、JPN2では高濃度のJH暴露でも雄は生産されなかった。以上から、JHが休眠卵生産を正に制御することが明らかとなったが、この効果は休眠卵生産頻度の違う種内系統間で異なった。JHは雄生産と休眠卵生産の両経路に関与することから、雄生産の起こらないJPN2系統では休眠卵を早く、多く生産できる可能性が考えられる。さらに、暴露タイミングを変える実験から、抱卵2回前の齢での暴露が休眠卵誘導に必要であることも示唆された。同時に、機能未知な候補遺伝子の機能解析のため、卵へのマイクロインジェクションを習得した。転写因子と予想される1候補遺伝子について、CRISPR/Cas9法によりノックアウト系統の作製に成功した。以上のように、研究は計画以上に進行している。
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Strategy for Future Research Activity |
休眠卵生産への幼若ホルモン(JH)の関与とその時期を特定するため、休眠卵を誘導する餌濃度下でミジンコJPN2系統を飼育し、抱卵2回前の齢前後でのJH関連遺伝子の発現を定量する。さらに、休眠卵生産経路においてJHの下流で働く遺伝子を探索するため、急発卵誘導条件下で飼育したJH暴露個体と非暴露個体を用いてRNA-seq解析を実施する。 また、候補遺伝子のヘテロでのノックアウト系統は、系統の培養を継続し、表現型の観察として急発卵・休眠卵誘導条件下で、卵生産が野生型と比べ変化するか観察する。予想の通り、ノックアウト系統で休眠卵生産が起こらない、もしくは起こりにくくなった場合には、候補遺伝子がJH合成の上流か下流のどちらに関わる遺伝子かを予測するため、JH暴露によって休眠卵生産が野生型の表現型に戻るか観察したい。同時に、候補遺伝子のホモでのノックアウトも試み、胚性致死である場合には遺伝子の過剰発現による機能解析も検討する。また、その他の機能未知な候補遺伝子についても、ゲノム編集技術による機能解析を継続して実施する。休眠卵生産頻度の高いJPN2系統で休眠卵を作らない変異型が作製できた後には、同所的に生息する休眠卵生産頻度の低いJPN1系統の野生型と混合して飼育する競争実験を実施し、JPN2系統の休眠卵生産頻度が変わることで競争の結果が変化するかどうか観察したい。
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