2020 Fiscal Year Annual Research Report
Studies on the Religious Education in Alsace-Moselle
Project/Area Number |
20J21514
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
白尾 安紗美 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2020-04-24 – 2023-03-31
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Keywords | 宗教教育 / アルザス=モゼル / 公教育 / 宗教事象教育 / 共生 / ライシテ / 政教分離法 / 地方法 |
Outline of Annual Research Achievements |
当該年度は主にアルザス=モゼルの宗教教育と政教分離法/ライシテをめぐる議論に注目して研究を行い、この地域に固有のライシテの輪郭を浮き彫りにした。アルザス=モゼルでは今日、フランス国内で例外的に、初等および中等教育課程の公立学校で宗教教育が行われているが、ライシテの観点から見ると、この宗教教育制度をめぐる議論は主に二つの争点に絞られる。一つは「良心の自由」、もうひとつは「宗教的多元性」の問題である。前者は、宗教教育が必修科目である初等教育課程に主に関係し、後者に関しては中等教育課程において宗教教育の内容が公認宗教(とりわけカトリックとプロテスタント)に偏っていることが問題視されている。宗教教育の廃止を訴える一部の専門家は、現代の共和国において公教育の現場でこの二つの価値が軽視されていることを指摘してきた。一方、現地の聖職者や有識者はアルザス=モゼルの「地方法droit local」の解釈の柔軟性を強調し、時代の変化に応じて、良心の自由も宗教的多元性も尊重されるべく、宗教教育制度は変化してきたと主張する。そして、公立学校で宗教が正規の科目として確立し、その枠組みにおいて宗教的多元性が尊重される(すなわち諸宗教の共生について生徒が学べる)、この地域固有のライシテのあり方に期待を示している。こうした「アルザス=モゼル的ライシテ」は、フランスの中等教育における宗教事象教育を実施するにあたり、国内の有識者や政治家からも一つの参照軸とみなされている。以上の成果は、東京大学大学院総合文化研究科発行の『年報 地域文化研究』に論文としてまとめたものを投稿し、掲載された。 なお当該年度は、アルザス=モゼルの教会組織や教育機関等へ赴く現地調査を予定していたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響によりやむなく延期となっている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
アルザス=モゼルの宗教教育をめぐる議論の検討を通して、この地域に固有と言われるライシテのあり方に接近することができたため、本研究にとり意義のある成果を得られたといえる。またこの成果を得る過程において、第三共和政のフランスへの併合以降、コンコルダートや宗教教育など、宗教に関連する法がアルザス=モゼルで維持されてきた歴史的経緯が見えた。これは、政教分離法あるいはライシテの価値観がこの地域で受容される過程とみることもでき、普遍主義と関連づけて語られることの多いライシテが、どのようにアルザス=モゼルの地で次第に「ローカル化」されたのか、本研究が注目している普遍/特殊のダイナミズムを検討するための一つの手がかりを得られた。 ただし「当初予期できなかったこと」として、新型コロナウイルス感染拡大の影響に伴い、現地調査が困難となったことから研究計画の調整を行う必要性が生じたため、進捗状況は「やや遅れている」とした。
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Strategy for Future Research Activity |
新型コロナウイルス感染拡大の影響により現地調査が困難であることから、当面の間はオンラインで可能な調査を試みる。アルザスのストラスブールに位置する地方法研究所や、中等教育機関の教職員、宗教教育プログラム作成に携わる教会組織等にアプローチし、現代の宗教教育における具体的な課題や実際に用いられている教材等について調査を行う。 また本研究は、フランス全土の公教育の中等教育課程で行われている「宗教事象教育」とアルザス=モゼルにおける「宗教教育」との比較検討も視野に入れているが、前者に関して、フランス国内の専門家の間では、公教育で宗教を扱う際は「宗教事象fait religieux」の語を用いるのが適切と考えられ、「宗教文化culture religieuse」という用語の使用は避けられる傾向がある。一方、アルザス=モゼルで宗教教育を支持する有識者や聖職者は「宗教文化」の語を積極的に用いてきた。このように宗教を「事象」あるいは「文化」のいずれの観点から扱うかという用語の選択は、公教育における「宗教」へのアプローチを検討するにあたり注目に値するため、本研究にとり重要な論点となることが見込まれる。
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