2022 Fiscal Year Annual Research Report
香港の民主化運動と映像の使用に関する総合的研究:メディア理論と政治
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21J00079
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
雜賀 広海 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2021-04-28 – 2024-03-31
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Keywords | 香港映画 / 民主化運動 / 老い |
Outline of Annual Research Achievements |
2022年度は三つの学会で口頭発表を実施した(①京都大学映画メディア合同研究室第2回シンポジウム、②日本現代中国学会、③日本映画学会)。①では2019年に起きた香港の民主化運動を記録したドキュメンタリー映画、とくに艾未未監督『Cockroach』(2020年)をとりあげ、2014年の雨傘運動との差異や特徴を論じた。2019年の運動が雨傘運動と異なるのは、市民も警察双方とも多くの関係者が覆面をして表情が見えないことである。人々の情動を記録するという方法がとれない映画製作者は新たな方法を模索しなければならない。そのなかでも艾未未の作品は過去の物語映画のイメージを想起させることで、物語映画として民主化運動を構築する。②ではこの民主化運動で李小龍の言葉が運動のスローガンになったことに注目し、なぜ李小龍が反中国的なイメージを持ちうるのかを『精武門』(1972年)の分析から論じた。多くの先行研究が見落としているのは、本作を監督した羅維と李小龍の関係である。本作は反植民地主義というよりも父権主義への抵抗という点から読み解かなければならない。③では香港のカンフースター俳優が現在直面している老いの問題について、成龍をケーススタディとしてとりあげた。1990年代までの彼は若く健康で強靭な身体を誇示していたが、2000年代以降は老いの演技を実践しながらCGIをとりいれるようになる。これはアクション俳優としての退化ではなく、彼の演技が新たなモードにはいったことを示している。それは、1980年代の現実と虚構の葛藤からデジタルとアナログの葛藤への移行であり、老いた彼の身体は機械化によるマスキュリニティの過剰な強化を抑制する役割を果たす。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
中国と香港の政治的な摩擦が大きくなっている近年において製作された映画について、また、既に古典となった過去の映画についても近年の状況をふまえて、独自の視点から分析し研究発表することができた。そのなかで「老い」という新たなキーワードもあらわれてきた。「老い」は近年注目されつつあるが、香港映画研究においてまだ十分に議論されていない主題であり、本研究は香港、中国、アジアの文化研究に新たな視点をもたらす可能性がある。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は香港映画の文化としての功夫と老いの問題をさらに追究する。6月に予定している研究発表では、2010年代以降の香港功夫映画に注目する。李小龍の登場によって世界に知られることになる功夫映画というジャンルは、その起源は中国に求められるとしても、香港映画産業で確立された。中国化が進む現在の香港映画では、中国と香港の狭間にある功夫映画史について、二つの解釈が存在すると考えられる。それを論証するために、『打擂台』(2010年)と『一個人的武林』(2014年)の二作品を分析し、それぞれが功夫映画史をどのように解釈しているかを明らかにする。二作品がおこなう解釈の差異は、功夫を演じる役者の身体性に表れると予想される。『打擂台』が重視するのは、敵との勝敗よりもさらに強い身体を目指して鍛錬を積むことであるとすれば、『一個人的武林』は功夫の暴力性をコントロールする能力が強調される。 もう一つ予定している研究発表は許鞍華の作家論である。許鞍華は香港新浪潮の一人として1970年代末に映画監督デビューを果たし、現在に至るまで映画製作を継続している。その継続性において彼女に比肩するのは徐克のみであるが、商業主義的な娯楽映画にとどまる彼とは態度が異なる。さらに、彼女のキャリアを追ったドキュメンタリー映画『好好拍電影』(2020年)において、彼女は香港人としてのアイデンティティを表明しており、その意味で香港映画産業のなかでも特異な存在であると言える。その彼女が近年『黄金時代』(2014年)『明月幾時有』(2017年)『第一爐香』(2020年)でくり返し日中戦争下の中国・香港を描いていることは注目に値する。なぜなら、その時代は中国と香港の境界線が明確化し、それぞれが異なる歴史を歩むことになる戦後史の直前に位置するからである。つまり、彼女は香港史の起源を映画をとおして発見しようとしている。
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Research Products
(4 results)