2021 Fiscal Year Annual Research Report
軟骨魚類の広塩性メカニズムの解明:「海水魚」がなぜ低塩分環境に適応できるのか
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21J20882
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
油谷 直孝 東京大学, 理学系研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2021-04-28 – 2024-03-31
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Keywords | 軟骨魚類 / 広塩性 / 腎臓 / 膜輸送体 / 浸透圧調節 / エイ類 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、ほとんどが海水にのみ生息する軟骨魚類の中でも、淡水への進出を果たした広塩性種の持つ低塩分環境適応メカニズムを解明し、軟骨魚類の環境適応と進化の歴史を理解することを目的としている。広塩性のアカエイやオオメジロザメ、狭塩性のホシエイをモデルに、広塩性を支える重要な器官である腎臓に注目し、分子から個体生理学的までの包括的解析を進める。申請者自身によるこれまでの研究により、NaClや尿素の再吸収に関わる遺伝子の発現が低塩分環境下で上昇することが明らかになっていた。しかしながら、腎臓が溶質の再吸収をどのくらい更新しているのか?といった生理学的な腎機能の変化の大きさは不明であり、令和3年度は採尿の実施による実際の腎機能変化量解析が大きな課題であった。実験室環境下で淡水環境に馴致させたアカエイ個体から採尿を行い、低塩分環境移行に伴う腎機能の変化を生理学的に解析することに成功した。低塩分環境下では尿の浸透圧が大きく下がり、溶質に乏しい環境で尿としての流出を最小限にすることで、体内のホメオスタシスを保つように腎機能が変化することが明らかになった。次に、このような腎機能の変化を引き起こす遺伝子や腎ネフロン分節を明らかにするため、すでに実施したトランスクリプトームの再解析やin situ hybridization法、免疫組織化学染色法による組織学的な解析を進めた。また腎機能の重要な指標である糸球体濾過量や尿量を測定する系をさらに検討し、腎機能の変化をより詳細かつ定量的に解析する手法を確立した。以上の成果により、アカエイを中心に、今後の研究を展開するための重要な基盤構築を行えた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度の課題であった採尿を実施できたことが大きな進展である。上述の通り、飼育環境の整備や採尿装置の検討を進めた結果、低塩分環境へ馴致した個体からの採尿に成功し、実際に尿中NaCl濃度が海水コントロール個体と比べて著しく減少していることを明らかにできた。また定量には至っていないものの、淡水移行個体では尿量が大きく上昇するという観察結果も得られた。次に、このような変化を引き起こすネフロン分節を同定するためin situ hybridization法により解析したところ、淡水馴致させたアカエイでは、特に遠位尿細管前部(EDT)と呼ばれる分節のNaCl再吸収機能が亢進していることを突き止めた。このEDTはエイ類のネフロンで発達しており、広塩性種ならびに汽水棲種が比較的多いエイ類の特徴であることを申請者が報告している(Aburatani et al., 2020)。NaClや尿素といった主要な浸透圧物質に加えて、マグネシウムやカルシウムなどの二価イオン濃度も測定し、これら二価イオンの豊富な海水環境では尿中への排出を行い、逆に二価イオンの乏しい淡水環境では腎臓での排出をやめて、体内での濃度を一定にしていることが明らかになった。すでに実施したトランスクリプトームを再解析したところ海水飼育個体で多く発現する二価イオン輸送体が見いだされ、これらの遺伝子は淡水馴致個体で発現量が下がることも明らかとなった。これらの研究結果は現在原著論文としてまとめている。 以上のアカエイでの研究と並行して、所属研究室で数多く飼育しているトラザメを用い、尿量を測定しながら採尿できる系を検討した。腎臓の開口部にカニューレを結紮し、水槽外へ排尿させることで、経時的に尿量を測定することができるようになった。またイヌリンの投与方法についての検討も進め、腎機能の重要な指標である尿量と糸球体濾過量の解析が行えるようになった。
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Strategy for Future Research Activity |
立ち上げた尿量測定系とイヌリン投与系を用いて糸球体濾過量と尿量を測定することで、淡水馴致させたアカエイの腎臓での溶質再吸収量や尿量を定量し、腎機能の変化のより詳細な解析を行う。予備的な観察で見られたように、低塩分環境では過剰な水を排出するため尿量を増やすことが予想されるが、そのためにはネフロンでの水の再吸収は抑制されると考えられる。そこで次年度からは水の再吸収を担うアクアポリンにも注目する。淡水移行に伴って、腎ネフロンでの水の再吸収がどのように制御されているかも併せて明らかにすることで、腎臓における溶質輸送モデルを確立する。所属研究室ではオオメジロザメの淡水移行実験を過去に実施しており、保管されているサンプルを用いて、アカエイで明らかとなった溶質輸送モデルがオオメジロザメでも適応可能かも検証していく。 さらに令和4年度は、広塩性の制御因子の探索のため、ネフロン分節ごとの遺伝子発現の網羅的解析にも着手する。薄切切片に対してレーザーを照射し、指定領域を切り抜く技術であるレーザーマイクロダイセクションを用いて、まずは所属研究室で大量に飼育されているトラザメでネフロン分節を細かく切り分けることができるか検証する。最適な条件検討を進めるとともに、既知の遺伝子発現パターンを指標にネフロン分節別の切り分けが可能であるか検証する。ネフロンの切り分けが可能な条件を決めたら、アカエイに対しても同様にサンプリングを行う。アカエイの淡水移行に伴い機能の変化するEDTなどの分節に特異的な発現を示すホルモン受容体を探索したうえで、in situ hybridization法でも発現部位特異性を確かめることで、広塩性の制御因子の候補を絞り込む。
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Research Products
(2 results)