2021 Fiscal Year Annual Research Report
高効率な熱化学電池に向けた超分子開発と温度応答性制御
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21J21893
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
井上 博王 東京大学, 理学系研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2021-04-28 – 2024-03-31
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Keywords | 熱化学電池 / 水素結合 / ベンゾキノン / エネルギー変換 / 廃熱回収 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、酸化還元種クロラニルとアルコール (溶媒) との水素結合を設計することで、熱化学電池の熱起電力 (Se, 単位温度差当たりの電圧) を向上させた。 Seは、熱化学電池の出力および効率に関わる重要なパラメータであり、酸化還元反応に伴うエントロピー変化 (ΔS) に比例する。すなわち、ΔSの増大により、Seは向上する。先行研究で、ΔSは、酸化還元により、酸化還元種の近傍分子の自由度 (位置や向き、運動性など) が変化することで生じると知られている。 Seの増大のため、私は酸化還元対のうち一方とだけ強力な水素結合を形成する、酸化還元種クロラニル (CA) に着目した。CAの二電子還元体 (CA2-) は一電子還元体 (CA-) と比べ、はるかに強い水素結合アクセプターとして振る舞う。そのため、水素結合ドナーであるエタノール (EtOH) を添加することで、CA2-とEtOHが強固な水素結合を形成し、EtOH分子の自由度を低下させる。一方で、CA-はEtOHと水素結合を形成できないため、CA2-からCA-への酸化反応に伴って系の自由度が大きく増加する。これにより、高いΔS (Se) 増大を図った。 実際にCAのSe測定を行い、EtOHの添加に伴い、Se = 1.3 から2.6 mV/Kまでの増大を記録した。これは私の知る限り、有機熱化学電池では最高値である。さらにUV-Visスペクトル測定、電気化学インピーダンス測定、および矩形波ボルタンメトリーにより、EtOHがCA2-に対して選択的に水素結合を形成しており、CA2-近傍のEtOH分子数がEtOH濃度によって変化することを明らかにした。また、ネルンストの式から得られるモデル式により、CA2-と結合するEtOH分子数とΔSの間の関係を明らかにした。このように本年度では、選択的な水素結合の設計による熱化学電池のSe向上を実証した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度は、酸化還元種クロラニル (CA) に対するエタノール (EtOH) の水素結合に関する評価、および酸化還元対CA-/CA2-の熱電性能評価を行った。 CAの3つの還元状態 (CA, CA-, およびCA2-) のUV-Visスペクトルを測定し、その後それぞれに対し、EtOHを添加した場合との比較を行った。CAおよびCA-では、EtOH添加によるスペクトルの変化はなかった一方で、CA2-ではEtOHの添加により、吸収ピークの大きなブルーシフトが観測され、CA2-に対する選択的な水素結合が示された。さらに、CAの矩形波ボルタンメトリー (SWV) を様々なEtOH濃度で測定すると、EtOHの増加に伴い、CA-/CA2-の平衡電位が大幅に正シフトした。電位のシフト量とEtOH濃度から、モデル式によりフィッティングすると、CA-およびCA2-と会合するEtOH分子数および会合定数が得られた。結果として、CA2-がCA-より多数のEtOHと強い水素結合を形成する (選択的に水素結合を形成する) と示された。 次に、MeCN中のCA-/CA2-に温度差を印加したときの、低温-高温間の電圧を測定した。単位温度差当たりの電圧 (Se) は、EtOH未添加の場合では1.3 mV/Kだったが、EtOHの濃度に応じて、1.8 (40 mM), 2.2 (250 mM), および2.6 mV/K (1.3 M) と増大した。この増大は温度可変SWV測定から想定されたSeと良い一致を示した。2.6 mV/KのSeは、全有機系の熱化学電池において私の知る限り最高値である。このSeの増大は、CA2-へのEtOH選択的な水素結合形成により、酸化還元反応エントロピーが増大したためと考えられる。 本年度において、選択的な酸化還元対の一方への水素結合形成により、Seの向上が可能と実証した。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の方向性は主に3つである。1, 様々なベンゾキノン誘導体を用いて熱電性能向上を行う、2, 様々な相互作用ドナーによる熱電性能への効果を評価し、体系化する、3, 酸化還元種の高濃度化に取り組む。 酸化還元種クロラニルはベンゾキノン誘導体の一種で、Cl (電子求引基) の4置換体であるため、還元状態での負電荷が比較的に非局在化されている。そのため、水素結合アクセプター性がベンゾキノン無置換体よりも弱い。反対に、電子供与性の置換基をもつベンゾキノンを利用して、より強い水素結合を形成させることで、Seの更なる向上が期待される。そこで、様々なベンゾキノン誘導体の熱電性能を評価し、分光測定および理論化学計算により、その原理を解明する。 水素結合ドナー分子としてエタノール (EtOH) を用いてきたが、その会合数や強度はアルコールの分子構造に依存すると考えられる。鎖長、分鎖、および立体障害などの分子構造の違いと熱電性能の関係を明らかにする。また、ドナー分子として、水素結合よりも配向性が高い分子間相互作用であるハロゲン結合ドナーの利用も検討している。これらの研究から得られた知見から理想的なドナー分子の設計を行う。 酸化還元種の高濃度化は、熱化学電池の出力向上に欠かせないが、現状クロラニルのMeCNに対する溶解度は~10 mMと低い。溶解度増大のため、1でスクリーニングした様々なベンゾキノンに対して、DMSOやDMFなどの電位窓の広い様々な溶媒で試行し、最適な溶媒を探索する。1, 2, 3で発見された酸化還元種、ドナー分子、および溶媒の組み合わせにより、高Seおよび高出力の熱化学電池の開発に取り組む。
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